川上哲治氏死去

すごい人だったことはわかる。
戦争がなければ3000本近くヒットが打てたのではないか。
93歳まで生き抜いたというのもこの人ならではか。

しかし、巨人V9などという人類史に残る暗黒の歴史は二度と繰り返してはいけない。
千葉茂、与那嶺要ら川上監督実現の犠牲になった大スターもいたとされる。
西本幸雄の人生も、三原脩や永田雅一だけでなく、川上哲治がいなければ全然ちがったものになっていただろう。
そういえば、西本阪急が川上巨人に最初に挑んで跳ね返されたときには、阪急のヘッドコーチで青田昇もいたんだ。どんな気持ちだったのかな。

巨人監督をやめたあとの川上氏はNHKの解説者をしていたが(面白い解説はしないので、私の親友A氏は「川上哲治道徳ナイター」と評していた)、「巨人退団後、野球界にそれなりの立場が用意されていれば、もっといい野球界になっていたと思います」という森祇晶氏のことば(毎日朝刊)は、昨今のNPBの混迷を見れば、適切な評価ではあるのだろう。
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Re: No title

>  「道徳ナイター」でしたね。「少年野球をやっている皆さん、今のようなプレーはいけません。」ワンハンドキャッチなど厳しく言ってました。氏が巨人以外の監督をやったらどうだったのでしょう。それで優勝させていたらもっと評価が高かったのではないでしょうか。
そうですね。藤本・三原・水原はみんな巨人をやめたあと他チームの監督になって優勝させましたが(王も)川上はそれをしなかった(させなかった?)ところが...
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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