やっぱり日本は東南アジア?

与那覇さんからいただいた『日本の起源』を、昨日阪急電車が1時間止まった間などにせっせと読んで読了。今回も読みどころ満載。個人的には丸山真男の思想の解説が勉強になった。ヴェーバーについては、私はまったく素人だが、断片的な理解はそんなに間違ってはいなかったようで安心。

近世までのところは、「やっぱり日本は東南アジアだ」といいたくなる話がたくさん。
もともと古代日本も双系制社会で世襲の「天皇制」はなかったという話は、日本社会学・歴史学の双系制論は東南アジア研究の影響を受けた部分があるし、同僚の福永伸也氏は古墳時代の王権を、タイ王権を分析した「銀河系政体」(人類学者タンバイヤの説)のモデルで説明している。
 *ただしタンバイヤの王権像は、人類学者が近世にたまたまそうなった像を「伝統」として非歴史的にとらえる理論の典型のようなところがあり、よくかれの論と混同されるウオルタースの「マンダラ」論の方が古代史にはふさわしいと、私はあちこちに書いてきた。

今回「やっぱり似ている」と思ったのは、平安時代のあたりで、統治権的な支配の建前はあっても、結局は人格的な(主従制の)関係から離れられないところ、それに「温泉旅館」方式で、その場その場で令外官をごちゃごちゃ増設していくという話など、同じようなことをウオルタースが書いていたなと思い出した。

話は飛んで20世紀のところで、皮肉だなと思ったのは東島さんが称揚する「江湖思想を理想とする漢学者(儒学のなかの、日本社会の固定制を打破するの自由な思想を指すと理解した)」たちの時代が1910年頃に終わった、という話である。まさにその時期に、東京と京都で帝国大学史学科の東洋史学講座などというものができていく。

その他、論点は多々あるが、「亜インテリ」や「庶民」の側の、現場での恐るべき強さ--日本以外でこういう「空虚な中心」の構造を造っても、亜インテリや庶民が日本のように頑張ったりしないからあっさり崩壊するだろう--を生かす道は本当にないのか、という点を聞いてみたい気がした。なにしろこれだけで、確たるビジョンもなしに、あちこちで世界一流の学問を成立させてしまうこの力だ。かなり使えると思うのだが。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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