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「西村昌也(日本) ベトナム考古学界の偉大な友人」

ベトナムの学術誌『考古学』の最新号(2013年3号)巻頭に、ベトナム考古学院院長であるトン・チュン・ティンさんが表記の追悼記事を書いている。またその次の論文は、西村氏の盟友だったグエン・ザン・ハイさんが「集落考古学--キムラン村のこだま」という題で、キムラン村(西村氏が葬られた村)を中心に書いている。


ティンさんの追悼文の冒頭には、ティンさんの案内で日本の小泉首相がタンロン皇城遺跡を訪問した際に、西村氏が通訳をしている写真が掲げられている。そのあとに、西村氏の日本とベトナムでの研究やその他の仕事について詳しく紹介しており、外国人としては通常考えられない存在の大きさがよくわかる。

読むのがつらい一節もある。
「ニシは身を削って仕事をしていた。それはときに度を超していた。楽観的な笑い声の裏で、ニシは仕事をかかえすぎた考古学者に共通のストレスに耐えていた。私がそれをはっきり悟ったのは、2010年初めにニシに通訳してもらってA大学で講義をしたときだった。当日の朝、教室に入る前に約束の場所に行き、かれと笑いながら話すつもりでいたところ、奥さんのノリコが来た。ノリコが言うには、「ゆうべニシはへばって家で寝ているので、私が代わりに通訳します」とのことである。わけを聞くと、かれは過労でダウンしたという。私は悟った。そうか、仕事のプレッシャー、食っていくためのプレッシャーがあるのだ。ああいうハイレベルな日本人の専門家には、そういうプレッシャーは(自分たちの)何倍にもなるのだ」

われわれみんなが、かれを使いつぶしたのではないか。日越国交40周年が終わったら忘れ去るような問題ではないだろう。



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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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