『史学雑誌』回顧と展望

「2012年の回顧と展望」号をようやく読了。

今年は総ページ数が391ページ。
最初に「総説」「歴史理論」が各5ページ。
そのあと日本史が全部で180ページ。うち考古27ページ、古代~近世が109ページあまり、近現代が44ページ足らず。

アジア・アフリカが112ページ、うち中国史55ページ半(台湾含む)、「西アジア・北アフリカ」17ページ、「アフリカ」3ページ半。

ヨーロッパ・ロシア合わせて76ページ半、うち近現代が53ページ半。
アメリカは11ページ弱、うちラテンアメリカ3ページ弱。

アジア史とヨーロッパ史の割合は、高校世界史や大学の「東洋史」と「西洋史」の教員数・学生数の比率と比べると、ずいぶんアジア史(東洋史)が優遇されていることがわかる。

それでも、ギリシア史の項の評者が目にした論文が約25本、ローマ史で発表された論文・調査報告が35点弱、中世イギリス史の評者が入手したのが翻訳を含め40編などとあるのは、100編以上読まねばならない分野もたくさんあることを考えると、(いくら数だけが問題ではないといっても)それらの分野に単独でページを与えることの正当性を疑わざるをえない。

たくさん業績が出ている方の筆頭格である近代イギリス史は近代イギリス史で、「目下日本では、イングランドの主要な都市すべてについて専門家がいる状況に近い」(335ページ)などという状態は、マンパワーや予算の配分として正しいのだろうか? 
東南アジアやアフリカ、ラテンアメリカ、オセアニアなどの歴史は、基本的なことすら一般にはほとんど理解されておらず、それは相互理解やビジネスの明瞭な障害を作り出している。中国や韓国・朝鮮の歴史の研究はそこまで低レベルではないが、隣国だけに理解を深めるべき問題も多く、それに十分な学生・研究者の数が確保されているとはいいがたい。これらに比べて多くのマンパワーを握り続けるほど高い優先順位を、ヨーロッパ史は本当に持っているのだろうか。また、ヨーロッパ史も現在は学生数の減少、研究者の就職の難しさに苦しんでいるからといって、「今まで学生数や教員数がやたらに多かったこと」を忘れていいのだろうか。

先日紹介した西洋古代史の若手のシンポの、問題を自覚した緊迫感ある議論と比べると、こういう嫌味を言いたくなる「ぬるま湯」に、まだまだたくさんの人がつかっていることがよくわかる「回顧と展望」であった--それは「日本史」「東洋史」に問題がないという意味ではもちろんない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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