自主戦犯裁判構想

暑さと忙しさに負けて、この時期に毎年話題になるアジア太平洋戦争の終結について書きそびれてしまったが、10日の毎日新聞朝刊の「保阪正康の昭和史のかたち 自主戦犯構想」は興味深い記事だった。

敗戦時に日本で、自主的に戦犯裁判をおこなって連合国による裁判を骨抜きにしようという計画があったという話である。東久邇内閣で一度検討され、無理と分かって一度消えたが、それを重光葵などが再度持ち出し、吉田茂も乗り気になって「天皇の意に反して」侵略的軍国主義により戦争を引き起こした者を「叛逆罪」として死刑または無期謹慎に処す、という勅令案がまとめられたのだそうだ。

結局この案も表沙汰にならずに消え、その理由には天皇の反対や陸相の反対などの説があるようだが、この案には戦時中に抑圧された文官の軍事指導者への意趣返しの意図があったと保阪氏は推測する。もしこの裁判が実行されていたら、勅令を起草した文官たちの怒り、それを支援する国民の前に、軍事指導者たちは徹底した報復を受けたことが予想される、と保阪氏は書く。そうか、やっぱりアメリカは日本軍部にとっても救いの神だったんだ。それじゃあ、現在まで頭が上がらないのも杳然か(文官は文官で、別の対米従属をしたわけだが)。

歴史に「もし」を持ち込むのは邪道だと言われているが、果たしてそうか。既成事実のみを容認せよと言わんばかりの論理は、私たちの想像力を奪うための詭弁ではないか。
という保阪氏の前置きは、現在の日本をめぐる議論に向けて発せられた警告として読むべきはもちろんのこと、歴史一般をみる目にもつながる大事な視点だろう。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR