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選挙民主主義と学術の専門性

7月後半はひんやりしていて助かったが、ここへきて猛暑で、私もちょっとへばり気味である。
ベトナムはもちろん同程度かそれ以上に暑苦しいのだが、しかし熱帯に適応した家の造りとか食べ物、働き方のペースなどのおかげで、ベトナムに滞在している方がずっと楽である。

学問の方は、明清史合宿や西洋古代史など、大きな位置づけと現代社会に切り込む戦略の話でたくさんネタを仕入れられてうれしい。
大阪市長が大阪市大の学長選をやらせない、「責任のない連中(市大の教員たち)に選ばせてはいけない、選挙で選ばれた自分が選ぶのだ」と言っているとの報道は、単に「大学自治を否定するケシカラン発言だ」では済まない問題だろう。大学自治の根拠は学術の高度な専門性にあるはずだが、それは選挙を経ない官僚と同じで、自分たちの地位に安住していると、選挙民主主義の側からの「専門バカ批判」「既得権批判」にさらされる運命にある。

だからといって、高度な学術を理解する気のない市長が、選挙民の指示を根拠として恣意的な学長の人選をしてよいということにはならない。それはたとえば、政権が変わると大学や博物館の管理職も全部入れ替えられる東アジア儒教圏の国々の悪いところをまねることになるだろう--現代日本の右派が、じつに見事に「中国大好き、韓国大好き、儒教大好き」であることは、再三再四指摘してきたが。

つまり、この市長発言に有効な反論をするには、「専門バカを自覚しない批判」「専門バカに居直った批判」は無意味だということ。自らの専門性について、少なくとも今回の古代文化の西洋古代史特輯に見られるような問題意識と覚悟をもったうえで問題に取り組む必要があるだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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