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世界システム論の効果と限界

全歴研大会から4日もたってしまったが、世界システム論に関する分科会はなかなか有益だった。ポイントをいくつか紹介しておきたい。

・日本ではウオーラーステインというと「マルクス主義を批判した人」と理解されることが多いが、奢侈品と日用品を機械的に区分し奢侈品貿易を無視する点など、ウオーラーステインはきわめて「マルクス主義的」である(実際、アメリカではマルクス主義者扱いされていると聞く)。
・ウオーラーステインの「中核」理解は、ヨーロッパ主権国家の扱いなどが古い(現在は「ウエストファリア条約」「絶対王政」などをそれほど画期的なものととらえない。「絶対王政」はむしろ多元性、寄せ集め的性格が強調されている)。
・「近代世界システム」以前(以外)の世界システムを考える議論のなかで、よく知られた「13世紀世界システム」などのほかに、18世紀~19世紀初頭の「中華世界システム」も重要だろう(→アンソニー・リード編の論集Sojourners and Settlers, 1996およびLast Stand of Asian Autonomies, 1997に当時の南シナ海~東南アジアの分業体制が詳しく述べられている)。

つぎに、「ヨーロッパ中心史観を強化する」「アジアにうまく適用できない」など欠陥がわかっている世界システム論を、今後も教える必要があるのか」をめぐる討論がおこなわれた。私は「捨てることはない」という意見である。
なぜなら、
・現在も相変わらず、「各国がセパレートコースで競争して発展した国と遅れた国ができた歴史(→発展した国は偉い、しなかった国は劣っている)」が再生産されている。そういう古めかしい観念をもつ若者が「日本は偉い」「遅れたかわいそうな国々を助けてやろう」などという感覚のまま発展途上国に出て行くのは耐えられない。だから国際関係論でもウオーラーステインは必読文献になっている。
・「ヨーロッパのアジアに対する優位」は「長い18世紀」の間に確立したものだが、その時期に出来上がったさまざまな構図は、「東アジア小農社会と勤勉革命」を含め、ほとんどが20世紀末で耐用期限が切れている。21世紀は「リオリエント」(もとのアジア優位に戻る)の時代かどうかは別として、これまでの「ヨーロッパが主役となる歴史」では理解できない可能性が強い。したがって「世界システム論を教えると未来に向けてヨーロッパ中心史観が再生産される」という懸念は、あまり気にしなくてもよい。

ただし、あと2つ考え方をつけ加える必要がある。そうしないと「日本で良かった」という若者の素朴な感想を変えられないかもしれない。
・アフリカやラテンアメリカが世界システムの「周辺」とされたころ、「中華世界システム」が東アジアで成長していた。これは現代の日本や世界に直結する問題である。
・ウオーラーステイン理論によって、近代の光と影が空間的に分離されてしまった結果、「中核」の側はいいことづくめのようなイメージが広まるとすれば、それはまずい。理科で習った「作用・反作用」の原理を思い出して、中核側が周辺をシステムに組み込んだことによる「反作用」を多々受け、それへの対処に追われ続けてきたことに気づかせるべきである。その例は、現代「中核諸国」への移民労働力の流入だけではない。

最後の点は、最終日の近代日本史の分科会で成田龍一さんたちが議論していた「規範としての近代(人を自由にするのではなく縛りつける近代)」の問題ともつながるはずである。
別の機会に、世界史と日本史がいっしょになってこういう問題を議論する機会が持てるといいと感じた。

帰阪後は期末レポートの採点など。「歴史は勝者・支配者がつくる」という点を、「現代でもそうなのだ」とシニカルかつ単純にとらえて(覚え込んで)いる学生がけっこういる。日本近現代史について「戦争で負けた結果、勝者の歴史を押しつけられてきた」という意識がベースだろうが、「100%勝者だけの歴史は可能か」「押しつけられた歴史に対しては、<拒否して自分に都合のいい物語りにふける>以外の対処法はないのか」などを考えさせねばなるまい←講義でそういう例も紹介されているのだが、この問題に限らず、「自分が日ごろ思っていること」を一方的に書くだけで、「これはあの回の講義と矛盾するな」「講義のあの部分に照らせばこう書いた方がいいかな」などと「つなぐ」「くらべる」作業をしようとはしない学生が多い。
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全歴研第54回研究大会第5分科会

桃木先生
 先日の全歴研第54回研究大会での御講演は、大変勉強になりました。今回の全歴研第54回研究大会は、どのセクションも、大変内容の濃い大会でした。その中で、私が参加した第5分科会について書かせていただきます。第5分科会の3本の提案は、神田氏が前2世紀頃=古代の草原地帯の騎馬遊牧民国家匈奴を、柴氏が8世紀頃=中世のオアシス砂漠地帯の商業民ソグド人を、真木氏か10~13世紀の遼から元に至る征服王朝の系譜を主題としていました。さらに研究協力者杉山清彦氏が14世紀以降のポスト・モンゴル期の中央ユーラシア史の概略を述べられました。全体を見ると、中央ユーラシア史の全時代を通観し、その諸問題を網羅する構成になっていました。即ち第5分科会は、中央ユーラシア史の歴史教育或いは「陸の1000年」に関する歴史教育の総合的シンポジウムになっていたと言えます。高大連携に努めてきた神奈川県高等学校教科研究会社会部会歴史分科会の先生方の、企画力の賜といえます。ところで中央ユーラシア史とは、ヨーロッパ中心主義や中国中心主義に傾きがちだった従来の世界史教育の再構築を目指すために提案された筈ですが、現状では遊牧国家中心主義という新たな問題を生み出し、さらには中国史に対する注文のみ多く、ヨーロッパ史には「19世紀までは辺境だった」とは言うものの中国史に対するほど注文は多くなく、西アジア史あるいはイスラーム世界史への注文は殆ど見ることはありません。今回の第5分科会でも、遊牧民国家と中華王朝の関係に関わることが多かったのですが、そこで挙げられている参考文献が中央ユーラシア史研究者による概説のみで、中国史に対する理解か不十分で、一面的理解から遊牧民側寄りの主張になっていると、感じられる所もありました。中央ユーラシアを軸とする前近代史理解を深めるためには、東アジア、東南アジア、南アジア、西アジア、ヨーロッパなどの周縁定住文化圏との接点ごとにパネリストを立てるような議論の場が必要なのではと、思いました。
敬具

No title

高橋先生
ご意見に大賛成です。もちろん「言うは易く行うは難し」であることを承知のうえで、私は内陸アジア史学会50周年記念シンポでも、学術会議のジェンダー史のシンポでも、「その分野の専門家が、自分の領域の中心性を主張するだけでなく、世界史の全領域とその関係について勉強したうえで、あるべき世界史そのものを語ってみせる」ことが必要だと指摘し続けています。「遊牧民(だけ)の世界史」や「ジェンダー(だけ)の世界史」ではなく、「世界史」そのものです。高校の先生はそれをなさっているわけです。杉山清彦君はもちろんわかっているのですが、中央ユーラシア史が新しい「強者本位の歴史」を生み出している点は、「ヨーロッパ中心史観の根幹としての近代化」への有効な批判ができない点とあわせて、今後の課題だと考えます。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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