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連休終了

うーん。イマイチ仕事が進まなかった。
パリーグはゴールデンイーグルスがこのまま進撃か?
星野仙一は試合での指揮や用兵が上手だとは思えないが、超大物外国人の獲得をオーナーに進言したのが大成功だったか。アンドリュー・ジョーンズの打率は低いが、かつて西武ライオンズが初優勝した際の田淵幸一に似た存在のになっているのだろうか。残る課題はリリーフ投手だろうが、このところラズナーがクローザーで成功している。

9年目だし、このへんでそろそろ優勝しないと、かつてのカープ26年目、スワローズ29年目、バファローズ30年目なんていうところまで行きかねない気がする。

ひとつ下の記事は、批判を受けそうだと思いながらあえて(いつものクセで挑発的に)書いてみたものであるが、さすがに書きすぎの感もあり、公開を停止する。
言うべきことは私の受講生への批判ではなく、以下のことがらである。

今の学生や若者が批判に対してすごく神経質なのは、人間関係を維持することに、過去の世代になかったようなものすごい精力を傾けているのだろう。しかし、そこまでしないと社会が壊れるなら、過去の日本社会はとっくに壊れている。これはどう考えても、何度も紹介している「インヴォリューション」にほかならない。こういう努力をいくらしても、費用対効果に見合う人間関係の改善は実現できない。
とくに、今の若者の関係は、成員に「空気を読む」ことを要求する、つまり違う世代やよそ者に明示的に開かれていない点で、慣習的な「形」に従っていた昔の人間関係より、さらにハイコンテクストなものである。それは、流動的な現代社会にはものすごく無駄が多いと指摘せざるをえない。そんなことより、「自分が失敗や批判に強くなる」「他者の批判や誤りに寛容になる」ことに精力を傾ける方が効率的である。

また、それだけ神経を使うなら、そういう相互関係を一度でも破った者には、きびしい制裁(内部ではいじめ、外国に対してはヘイトスピーチ)か完全断絶あるのみという現状を、改善する方向にも神経を使ってほしい。ルールを守り度を超さない範囲での批判と反論というのは、外国人とのつきあいや議会での論戦に限らず、民主的・多元的社会に不可欠だろう。だれにでもわかるように明示されていないルールを破った人間を、ここまで過敏に排除するというのは、いかに善意であろうと、結果的に民主的・多元的な社会を否定しているに等しい。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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