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越南社会科学翰林院

ベトナムの『歴史研究』の最新号
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唐代の北部ベトナムで起こった「梅淑鸞の蜂起」の特集号。
ファム・レー・フイさんが、中国史料に記録されている辺境の出来事の年月は、いつの時点を選んで登載されたものか(事件が起きた時点、現場で事件が片付いた時点、朝廷に報告が届いた時点などのどれか)という問題を考えずに、一律にそれぞれの事件が起こった時点を示すものとして扱う学界のやり方をきびしく批判している。
日本の学界なら「そんなこともわかっていなかったのか」と馬鹿にされるかもしれないが、日本でも学部生は教えなければこの問題に気づかない。東西交渉史のプロの論文などでも、こういう点で無神経なものがないではない。ベトナムの学界は漢字廃止とも関連して、史料の扱い方についてかなりまずい面があったが、それを是正する動きが出てきたのはめでたい。

ところで、同誌を発行する史学院の上部組織であるベトナム社会科学院(昔は社会科学委員会と呼んだ)は、もともとソ連の科学アカデミーなどにならって作られた組織だが、このほど名称を「ベトナム社会科学アカデミー」に変更した。ベトナム語ではこれを「ベトナム社会科学翰林院Viện Hàn lâm Khoa học Xã hội Việt Nam」と表記する。ロシア・ソ連の科学アカデミーのモデルになったフランス近世のアカデミーはもともと、中国の翰林院(学問の優秀な官僚を集めた組織)の影響も受けて作られた、という説を「納得」と思わせる訳語である。再三書いたり話してきたが、現代ベトナム語にはこういう近世王朝国家の用語を流用したものが多い。大学生=生員sinh viên、学士=挙人cử nhân、博士=進士tiến sĩなど、学校と学問の関係でそれが目立つのはやはり科挙の国だったからだろう。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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