『歴史評論』特集「前近代アジアの律令法」

宋代の「天聖令」の発見などで活気づいた律令法研究の特集(通巻759号)。

『国朝刑律』を扱う八尾隆生氏の「前近代ヴェトナム法試論」が画期的である。
・黎聖宗の洪徳年間(1470-97)に原型が出来たとする通説は誤りで、原型は陳朝末~黎朝初期の法典である。
・唐律と同じ条文および独自の条文が多数を占めるという「刑律」の状況は、李朝~陳朝を経て長期に形成された法律の集積にもとづく。
・ただし「独自の条文」には、中国律に対応条文はないが、律より下位の中国法の影響を受けて成立した(ベトナムではそれが刑律に収録された)ものがかなりある。「国朝刑律への明律の影響は薄い」とされてきたが、実は明の法令の影響はそれなりにある。
・16世紀以後のベトナムでも追加法典はいろいろ作られたが、それが明の「条例」のような形で基本法の追加部分とはされなかったため、基本法自体は15世紀初頭までのものがそのまま18世紀まで存続した。

ベトナム史(八尾さんは「ヴェトナム」の表記を一貫して使うが、私が「ベトナム」に転換したことはしばしば述べてきた通りである)の研究の通例に漏れず、日本史や中国史の専門家が読んだら「なんだ、そんなこともわかっていなかったのか」と馬鹿にしそうな内容も含むとはいえ、「いかにも京大系の文献学者らしい」すぐれた業績である。

八尾さんは前著『黎初ヴェトナムの政治と社会』(広島大学出版会、2009年)でも、長期の現地調査で収集した土豪の家譜や碑文を駆使する綿密な研究により、少数の編纂史料や中央で手に入る史料だけに依拠する従来の学界のやり方を一変させたが、今回は基礎的な編纂史料そのものについて、根本的な刷新を実現したのである。

その他、矢木毅さんの「高麗時代の法制について」も参考になる。
書評欄の深谷克己著『東アジア法文明圏の中の日本史』に対する岸本美緒さんの書評も面白かった。
思想体系でなく、片言隻句や一知半解のかたちでの儒教受容を説く(だからといって「いい加減」「意味がない」などということにはならないとする)深谷説は東南アジア史ではおなじみのものだが、岸本さんは普遍性のある思想との真剣な格闘ととらえるべきこと(東アジアでは普通のとらえ方だろう)を主張する。東アジアと日本という場、そこに成り立つ知の世界や学界の特殊性をめぐる対立といえるだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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