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「容疑者」という呼称

フェイスブック上の「友達」である若い友人が、アメリカ政府の情報収集活動を暴露したスノーデン氏を、日本のメディアがすべて「容疑者」と呼んでいる点を批判し、(容疑者扱いしないような)自分なりの正義感があってもいいのではないかと書いている。

もっともな考えだが、同時に「ああ、若い人は知らないことがあるのだな」とも思った。

(1)日本のメディアには、「こういう場合はこういう表現を使う」という協定などが(その是非は別として)いろいろある。たしか「容疑者」もその一つだったはずだ。
(2)私が子供の頃は、政府や警察が「こいつが犯人だ」と発表すれば、その人物は自動的に呼び捨てにされた。それを「裁判で有罪が確定するまではその人は犯人ではない」という近代法の原則に従って是正したのが、「容疑者」という呼称であり、これは「一歩前進」だった。
(3)ただ社会の側に、「政府や警察に起訴や逮捕されるのは悪人に違いない」という思い込みがあると(東アジア諸国にはありがち)、「容疑者」は結局「犯人」を言い換えただけの嫌らしい呼称になってしまう。
(4)もちろん「容疑」そのものが一方的なもので認められないから「スノーデン氏」と呼ぶという立場がありうるが、公共のメディアにそういう見解の表出を許すと、逆の立場のメディアが犯人扱いして「スノーデンが」と呼び捨てにするのも認めなければならない。

というような、これは「こういう態度が正しい、という唯一の正解がない」問題なのだと思う。
だから、教室での討論のテーマになるだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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