スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

西村昌也氏を偲んで日越交流を考える

亡くなった西村昌也氏について、フェイスブックにもたくさんの記事や写真が載せられている。

そのなかで桜井先生と仲が悪かったことにふれているものもあった。
たしかに、お互い認め合いながらも仲は悪かった。

ひとつの理由は「東大出の似たもの同士」ということだろうが、もうひとつは、二人とも「ベトナム命」だったというところにあるだろう。それぞれの行き方で、地域研究としてのベトナム学に生涯を捧げたという自負があったということだ。かつてそれを夢見た時代があった私には、それがわかる気がする。

それにしても、西村氏のような現地に根を下ろす生き方は、職や収入の点ではあまりに不利だ。
以前私は、「自分の年収1000万円は妥当な線だと思うが、一方で私に金があって、他方で私を助けてくれる完璧な通訳・翻訳者がいたら、その人に年俸1億円払っても惜しくない」と言ったり書いたことがあるが、西村氏がやった日越学術交流の架け橋としての仕事も、数千万とか一億に値するものだと思う。

かれが日本の大学に就職できなかったのは残念なのだが、いまどきの大学にもし就職していたら、雑務に追われてあれほどの研究活動はできなかったかもしれない。かれのようなタイプの研究・学術活動に、十分な収入を保証する方策はないものだろうか。

フェイスブックに書いたが、今日から金曜日まで、台北に弾丸出張をしている。
台湾大学芸術史研究所の坂井隆先生(考古学・陶磁器研究)が呼んでくださったもので、宿も台湾大学のすぐそば。今日の昼は近くのビルマ料理屋、夕食はご招待でこれもホテルから目と鼻の先の店でベトナム料理を食べた。食べながら、西村氏のことも話した。黄先生は、西村氏の盟友でかつて列車事故死したフエのヴー・ヒウ・ミンさんのこともご存じだった。
P1000668.jpg
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。