地域研究をする考古学者~追悼・西村昌也氏(その2)~

1980年代半ば、東南アジア研究センターの助手をしていた私は、ある偉い先生に「考古学者は雇わないのか」と--いつもの天然で--訪ねた。その先生は「なにを馬鹿なことを聞くのか」という顔をして「考古学は地域研究と無縁だ」という趣旨の返答をした。

戦前からそのころまでの日本考古学にも、東南アジアで現地調査をした先生はいたのだが、基本は「考古学という汎用ディシプリンが先にあって、たまたま東南アジア地域を研究している」というタイプであり、遺跡や遺物以外の現地社会や現地語にはあまり関心がないのがふつうだった。東南アジア史学会がどんどん地域研究の方向に向かったとき、東南アジア考古学会が別に作られたのも、そうした方向性の違いが一因と聞く。

しかし80年代から事態が変わった。タイやインドネシアに、フィリピンに、そしてドイモイ後はベトナムにも、長期に住み着いて現地の研究者と深い関係をつくり、現地の言葉や社会にも通じた考古学者が現れてきたのだ。中には、東南ア研と性格の違いはあるが地域研究の機関である外語大の教員に採用された考古学者もいる。

西村氏と範子夫人(範子さんは東京外大の卒業生だが、金沢大の大学院に進み、陳朝陶磁器の編年で画期的な成果をあげるなど陶磁器研究をしてきた)も、その代表的な例である。二人とも、外国語学部とか国際文化学部の教員になっても不思議はなかった。

今回の西村氏の訃報について、友人たちが教えてくれたのだが、ベトナム語版BBC(BBC tiếng Việt),改革派の新聞として著名なホーチミン共産青年団の機関紙『トゥオイチェー(Tuổi Trẻ =若者)』などが、ベトナムの研究所や学者に取材した詳しい記事を載せ、その業績をベトナムの読者に紹介するとともに、早すぎる死を悼んでいる。私が死んでも、こんなに取り上げてもらえる見込みはない(当たり前か。。。笑)。

たとえば氏の業績には、ハノイ東方にあり、北属期(漢代から唐代までの中国支配下の時代)前半の中国の拠点だったとされるルンケー城址が、通説の中国史料のルイラウ(複雑な漢字で打てない。。。汗)ではなくロンビエン(竜編)に当たることを証明した発掘があった。これはベトナム史学界の誤りを指摘したことにもなるのだが、しかしその近くでかれは、期限後初期の銅鼓の鋳型を見つけている。中国の支配とともに押しつぶされたと思われていたドンソン文化が、北属期に中国の支配拠点で存続していた証拠--中国の支配はその上に乗っていたにすぎない。あるいは漢族支配者の「越化」も考えられる--を見つけたのである。ベトナムの独自性の証拠であるこの鋳型の発見は、今回のベトナム側報道でもふれられている。

こういうふうに、日本考古学の高度な方法や世界的な視点と、そして対象地域への貢献を両立させ続けるのは、容易な業ではない。やや強引なところがあったとはいえ、日越双方の若手の面倒を見ることにもきわめて熱心だった西村氏がいなくなるというのは、功成り名遂げた「偉い先生」が亡くなるのとは比較にならない損失である。

両国の友人たちも、ネットやメールでたくさんのお悔やみの記事を書いている。
あらためてご冥福をお祈りしたい。



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Re: No title

ありがとうございました。かれは、いろいろなところに思い出を残していたのですね。
> こんにちは
>
> 京都で遺跡の発掘をしている宮原といいます。
> 私もここ5年ほど、彼のベトナム調査のお手伝いをしておりました。
> 彼の仕事量は常人より格段に多く、毎回帰国の飛行機が飛び立つぎりぎりまで仕事をさせられていたのを懐かしく思い出します。
>
> 今週は京都に行くかもしれないというメールを5月の終わりに受け取っていたので、連絡はまだかなと思っていた矢先の訃報でした。
>
> いまは彼の冥福と残されたご家族の多幸を祈るばかりです。
>
> 宮原 健吾
> kengo@kyoto-arc.or.jp

Re: No title

書き込みありがとうございます。
なにかのときに頼れる存在がいなくなるというのは、本当につらいですね。
みんなで、かれに怒られないように頑張って研究しましょう。
> 桃木先生、いつもお世話になっております。西村さんに面倒みていただいていた1人として、今回の悲報は本当に受け入れがたい出来事です。とにかく困惑し、心細いです。康子
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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