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天安門事件から24年

忙しくて記事を書きそびれてしまったが、もう24年になるんだ。

わが恩師のS教授は、事件のあと上海に行き、いつものパターンで泥酔して、路上で抗議の意味を込めてインターナショナルを歌いながら、仲良しだった阪大考古学のT先生といっしょにフランスデモをしたと言ってたっけ。
それから私が阪大に移ったばかりのころ、つまり事件の数年後のその日に喪章を着けて登校した学生がいて、中国史のH先生が「偉い」と思いよく聞いたら、「ミッドウェー海戦の日」(アメリカ時間では6月4日)に着ける喪章だと答えたのでひっくり返った、というエピソードがあったのも思い出す。

あそこで突きつけられた問題を、ベトナム研究者の場合はしばらく棚上げにすることが許されてきたが、これからはそうもいかないかもしれないというのが、先日の鹿児島での原発問題パネルの示すところだった。
あの時期以前の枠組みを踏襲した世界史教育など話にならないことは、あの時期以前の「社会主義」理論がもはや無効であるのと同じことである。

それがみんなにわかる世界史や史学概論の授業がしたい。


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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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