歴研大会

19世紀のアイヌ社会とカザフ草原社会を比較する全体会。
谷本晃久さんの、歴史上のアイヌを一方的な被害者にすると、現代アイヌは「かわいそうな抜け殻」でしかありえなくなる、という問題意識は、東南アジアの植民地支配を論ずる際にも出てくる話である。そこで谷本さんが報告に出した、アイヌに一定の富の蓄積やがありえたというような話に対して、会場から「やはり圧倒的な従属を軽視すべきではない」という意味の意見が出た。

これは「両方とも正しい」のだが、「それでどちらを選ぶか」となった場合に、私は谷本さんの選択に共感を覚える。その第一の理由は、東南アジアやアフリカについて「侵略と搾取を強調する歴史」を学んだ学生が往々にして、「かわいそうな民衆を」「自分が救ってやろう」などという、それ自体が上から目線で植民地官僚と同じ視点に立つからである。

第二の理由は、支配と従属ということ自体の重層性である。「純粋に100パーセント被害者」という集団はまずありえない。全体構造としての植民地支配や帝国主義の問題を前提として理解しなければならないのは当然なのだが、それだけでは議論は終わらないのだ。

これに関するあとの飲み会での若手たちの議論を聞いて、谷本さんや私と共通性をもつ問題意識がかなり広がっていることがわかった。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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