それでも唯一の正解を求める教育を続けますか?

深尾葉子さんの『日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体』(講談社+α新書)を、昨日ようやく購入。

専業主婦がサラリーマンの夫(カエル男)の稼ぎを吸い尽くすパターンを扱った内容だが、もちろん専業主婦批判のための本ではなく、女にも男にもそういう生き方を選ばせている社会の仕組みをあぶり出し、それを変えようと訴える本である。
「専業主婦」モデルの一般化を高度成長期のこととするのは、いまや歴史の授業の常識にならねばいけない点であるが、それを戦後刷り込まれたアメリカ的幸福モデルが、日本で独自の進化を遂げたものだとする点は(積極的な意味で)論争になりうるだろう。
いずれにしても著者の問題意識は、こういう仕組みが招いた結婚率の低下や少子高齢化だけでなく、タガメ女が男を縛る「箍」に象徴される「箍」に満ちた日本社会の息苦しさ、その箍によってがっちり支配されていながらそれを当たり前と考え抵抗しようとしない人々のありよう全体に向かっている。

「あなたのカエル男度チェック」にドッキリ。さいわい(?)私は「カエル男度50パーセントのうちで20パーセントに近い方」だったが...

昨日の毎日(大阪本社版)夕刊の「特集ワイド」
http://mainichi.jp/feature/news/20130509dde012040020000c.html
に辺見庸さんが書いている、権力や社会がつくり出す気持ち悪いものを、気持ち悪いと言えない自己規制・自粛の「ファシズム」も、明らかに深尾さんの「箍」と共通した問題意識にもとづいている。

毎日ではもう1件、「パラダイムシフト-2100年への思考実験」の「第1部「核」なき社会6」という欄に、藤垣裕子氏(科学技術社会論)の投稿が載っていた(ネットには未掲載?)。
福島原発事故の際、日本政府は「無秩序なdisorganized知見を出し続けた」と海外から批判を受けたが、それは「統一unified見解がなかった」意味ではなく、「安全側から非安全側まで幅のある情報を偏りなく発信すること」だったという。
これを枕に藤垣氏が説くのは、(1)科学者の市民に対する責任とは統一見解を出すことではなく、幅のある助言をしてあとは市民に選択してもらうことではないか。(2)「市民が選択」できるようにするには、行政やメディア、教育がすべて「唯一の正解」を求め教える、これまでの日本のありかたを変えねばならない、(3)そういう変革のためには、議論と決定のプロセスを後世に検証できるようなアーカイブ化が必須である。
などの点である。

深尾さんや辺見さんが言う息苦しさと、藤垣さんのいう(2)がつながっているというのは、こじつけではないだろう。
これを読んでいる初等・中等教員のみなさん、あなたはそれでも「入試があるから仕方なく」唯一の正解を教えるしごとを続けますか? 高等教育機関のみなさん、それでもあなたは「初等・中等教育でそういう教育しかしていないから仕方なく」唯一の正解を問う入試問題を出し続けますか?
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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