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教養の再構築

人文学の意味をめぐるC大の入試問題に関連して、フェイスブック上で毎度の意見を書いて反発を食ったりしたが、「教養」の再構築が大事になっているという点はたぶんみんな異論がないだろう。
この春まで私が在籍したCSCDも、それを仕事とする組織だった。

しかし、人文系の「研究者」には、まだ「このごろの学生は教養がない」「政治家や財界人に教養がない」と嘆くだけで、積極的な「再構築」を考えない人も多い。

歴教研関係者には何度も話したことだが、私は、そういう人のもっている教養を信じない。なぜなら、そこにはたいてい、東南アジアの「と」の字も入っていないから。「なんにも知らないんですが」と謙遜しながら善意で私にベトナムがらみの初歩的な質問をする人は山ほどいるが、本当に知りたければいまはいろんな媒体・手段がある。それをしないのは、「ベトナムに関する理解は教養にとって不可欠な構成要素だとは思っていない」ということだろうと、からみたくなる。

これはもちろん、かなり極端な議論だ。しかし19世紀~20世紀にみんながもっていた「教養」が、その時代の知の覇権を色濃く反映していることは当たり前ではないか。それ自体を批判し克服する努力なしに「最近の学生は」「政治家や財界人は」といって、説得力があるとは思えない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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