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世界史雑記帳(21)~物語としての歴史~

昨日の毎日朝刊コラム「時代の風」で、山際寿一さんが大事なことを書いている。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130505ddm003070120000c.html

「作り手による「物語り」--多様な視点から解釈を」という記事で、「白人と見れば理由もなく襲ってくるどう猛な民族j」アメリカインディアン、「呪術を用いて人々を暗殺する危険な集団」マウマウ団、「好戦的で凶悪な動物」ゴリラなど、侵略側が作った勝手な物語りがかつては当たり前に受け入れられていた例を引き、今もそうした誤解に満ちた物語りが繰り返し作られていることに警鐘を鳴らした記事である。「物語を作り手の側から読むのでなく、ぜひ多様な側面や視点に立って解釈してほしい。新しい世界観を立ち上げる方法が見つかるはずである」という結びは、イマドキの言論家には平凡かも知れないが、大事な考えであろう。

山際さんは日本の新自由主義史観や東アジアの歴史認識をめぐる対立にはふれていないが、今日の毎日(大阪本社版)4面「オピニオン メディア」欄には、琉球新報4月28日付け社説の転載「「主権回復」と「屈辱」-自己決定の決意固める日に」の隣に、「反日感情をあおる過剰演出に批判 好日ドラマ変化の兆し」という「中国媒体報告」が載っている。http://mainichi.jp/select/news/20130506ddm004040006000c.html
「勧善懲悪の娯楽イコール単純な抗日ドラマ」という状況があるとすればうれしくはないが、「勧善懲悪の娯楽イコール連合軍のドイツ軍撃破」「勧善懲悪の娯楽イコール白人のインディアン撃破」などを楽しんできた日本人に、偉そうなことがいえるかどうかは問題だろう。このごろのマンガなどには、「理由もなく日本を侵略する邪悪な外国人」もけっこう出てくる気がする。
山際さんが取り上げた問題は、イラクやパレスチナなどの「硬派の」問題だけでなく、大衆娯楽のオソロシサを問題にしているのだから、抗日ドラマに関するこの記事ともつながっているのだ。

さて、話はそれるが昔の推理小説では、犯人は「ただひたすら悪い人」だった。松本清張のような「社会派」はそこに、「犯行の背景にある悲しい過去」「犯罪を生んだ社会の悪」などの要素をもちこんだ。その後の島田荘司のような「新本格派」は、社会派を越えようとしたが、その遺産を否定はしなかったはずだ。「歴史ドラマ」や「時代劇」がもし「社会派以前の状況にあり、「悪いやつはただいたすら悪逆非道」の段階にとどまっているとすれば、それはまずいだろう。かの「チャングムの誓い」で、悪役のチェ一族の人々はそれぞれに悩み苦しんでいた。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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