世界史雑記帳(20)~外大にオランダ語科がない理由~

そろそろ解答を書かないと怒られそうなので、外大にオランダ語科がない理由を書いておこう。

オランダ人といえば英仏独語などは当たり前、というマルチリンガルなスキルで有名ではないだろうか。
要するにオランダと商売するのにオランダ語はあまり必要ない、ということだろう。それに、英仏独米などををひたすらお手本と思い定めた近代日本が、「あれだけ世話になった恩を忘れた」こともあるかもしれない。

オランダのおもしろいところは、オランダ領東インドでも長い間、原住民にオランダ語を教え込もうとはせず、自分たちが東インドの諸言語を覚えて貿易や支配をしていたのだそうだ。強制栽培制度への批判などを受けて実施された「倫理政策」期(1901年~20年代)に、ようやく近代教育システムの整備と並行してオランダ語教育をすすめたのだという。

これらの事象からうかがえるのは、オランダがあまり強固な国民国家を形成しなかったということだろう。玉城俊明さんは、17世紀のオランダは世界最初の近代市民社会は作ったが「近代国家」は作らなかったと評している(『近代ヨーロッパの誕生』)。

オランダでもうひとつ、学生時代から不思議だったのは、ハプスブルク家から独立した際は「連邦共和国」だったものが、ナポレオン戦争後はいつのまにか「王国」に化けていることだ。イギリス「名誉革命」の際にオラニエ家のウイレムがイングランドを妻と「共同統治」できた点から見ても、「共和制」というのは「王政」と完全に相容れないものではないことがわかる。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR