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政権を失ったときを考えた憲法論議を

ツイッターにも書いたが、毎日新聞「メディア時評」の、荻上チキ「憲法論議「いつもの面々」以外も巻き込んで」はいい意見だと思う。

要点は
(1)憲法は「国民が国家をコントロールするため、権力の範囲を制限する役割」をもつ。だからこそ憲法は、政府が都合よく変えられるものであってはならない。ましてや「他の国民を自分好みに変えてやりたい」という欲望を実現するためのものであってはならない。「国家が国民をコントロールするため、自由の範囲を制限する役割」への逆行が心配である。
(2)保守系改憲論者の「与党ボケ」。自分たちにとって脅威と思われる政権が誕生した際に、改正が容易となり、国民の権利を縛り、国家の権力を拡大しうる憲法を逆利用される可能性を、どこまで真剣に考えているだろうか。
(3)論点や論客が固定化された憲法論壇に議論をおまかせし続けるのも、憲法理念に反する。どの立場であれ、憲法論議が「いつもの面々」以外に開かれるよう、メディアに工夫が求められる。

(1)(3)はある意味「優等生の答案」だろうが、(2)はみんな真剣に考える必要がある。
新政権があらゆる手段で前政権の汚職や犯罪を叩く国、前政権関係者を徹底的に葬ろうとする国が、世界にたくさんあること(日本のすぐ隣にも??)、人権を制限する憲法など作っておいたらそこでなにが起こるかという問題を、現在の改憲論者(のなかの復古派)はどこまでわかっているか、私もつねづね疑問に思ってきた。なにかの拍子に「過激左翼政権」ができたら、そのとき復古派が作ろうとしている憲法は、徹底利用されるだろうとは思わないのか。

何度も言ったように、まともな諜報能力もなしに9条を変えて軍事力を海外に出そうなんていう発想は「平和ボケ」以外のなにものでもない。そのうえ国内でもこういう「与党ボケ」とは、あきれかえらざるを得ない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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