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アニマル・レスリー

元阪急ブレーブス(1986-87年)の抑え投手だったアニマル・レスリー氏が亡くなったそうだ。
選手としてたいした活躍はできなかったが、引退後にタレントとして活躍した点は、のちのパンチ佐藤と似ている。同時期には外国人でブーマー・ウエルズがいた。山田久志や福本豊もまだ健在だった。

上田利治監督の第2期政権は84年に優勝し、その後も毎年優勝争いをしていた。86年は星野伸之が台頭した年で、満員の西宮球場で新人の清原和博のいる西武ライオンズ戦に先発した試合を見に行った覚えがある。たしか石嶺和彦の決勝打で勝った気がする。その年の秋に念願のベトナム留学を果たし、そこから私の研究者人生が開けたという、私の人生にとって決定的な年だった。

翌87年は、一時帰国の合間に西宮球場に行き、これも西武戦で山田久志が清原から通算2000個目の三振を奪うのを見ることができた。もっと優勝争いは、そのすぐあとに私がベトナムに出発してからずっこけた。インターネットも衛星放送もない当時のハノイでは、NHKの短波放送を聞くことも可能だったのだが、私は詳しい野球の結果が知りたくて、トンニャットホテル(現ソフィテル・メトロポール)にいた赤旗や共同通信の特派員の仕事場に押しかけては、数日遅れの日本の新聞を見せてもらっていた。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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