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マルクスは遠くなりにけり

先々週~先週の授業から
・史学概論の授業で。教科書(福井憲彦「歴史学入門」)の第1章をベースに、近代歴史学の大きな流れを解説。教科書にも戦後歴史学の「社会経済史」と、アナール派「社会史」との違いが(われわれから見ればはっきりと)書いてあるのだが、「社会経済史」と「社会史」を混同したコメントカードがいくつもあった。

・東洋史の「合同演習」第1回の毎年恒例、博士後期課程院生による「東洋史学史」で、毎年指摘してきたのだが今年も、マルクスが唱えた発展段階の図式(スターリンが「世界史の基本法則」に整理したものでなくもともとのマルクス・エンゲルスの--もちろんそれは揺れているのだが)や、それは世界史の図式か一国史の図式か、「生産様式」と「国家などの上部構造」はどう関わるのかなどの説明がうまくできない。日本のマルクス主義と歴史学研究会のことも適切な整理ができない。それができないままで形だけ、中国史の時代区分をめぐる歴研派と京都学派の論争の「どの時期を古代や中世・近世といったか」だけ紹介するものだから、新入生には何の意味があるのかさっぱりわからない。わからない説明に時間を費やすぐらいだったら、「皇国史観への反省からマルクス主義が流行した。おわり」で済ませる方がよほどよい。やるなら、去年の7月末にこのブログで書いたぐらいのことを(あれはちょっと下手なまとめをした部分があるのだが)勉強してからやってほしい。
 ちなみに、東洋史学史の担当者が以前の毎年のように1949年歴研大会の「世界史の基本法則」ばかりコピペで繰り返すが、1950年の大会テーマ「国家権力の諸段階」を無視しては時代区分論争もなにも説明にならない。とくに今回のように、秦漢帝国をめぐる西嶋定生の旧説から新説への転換にふれるならなおさらだ。

・さて、この東洋史学史で「世界史の基本法則」が大流行した背景として、「中国革命で中国が資本主義日本より進んだ社会主義国家になった」というとらえ方のインパクトをあげていたのは正しいのだが、「中華人民共和国イコール(最初から)資本主義政権」といった理解をしている学生もいたようだ。最近の中国しか知らない学生にはもっともなことかもしれない。そういう学生の誤解を説くような丁寧な世界史ないし中国史概論の授業をどこかでしなければなるまい。

・もう1点、例年言ってるのだが、歴研派がすたれた後の東洋史について、「グランドセオリーの消失」と多様化だけ述べておしまいというのは、1980年代まではよくても、2010年代の東洋史学史としてはあまりに古い。上で書いた2回生向けの史学概論で、歴史学の全体動向として、世界システム論とグローバルヒストリー、社会史、国民国家批判、環境史、ジェンダー史などの大きな流れについては紹介しているのだから、東洋史学史でもそれにある程度対応してもらわねば困る(ちゃんとやった院生も何人かいたが)。とくにアメリカと中国の学界がグローバルヒストリーのうちの「近世中国は偉かった」という部分を強く受け入れている点などは、学部生に必ず教えるべき事柄ではないのか。

博士後期課程の院生の東洋史学史が、こういう点で合同演習の仕組みができたころのまとめ方を漫然と再生産している部分があるとすれば、歴史教育研究会のお膝元にある大きな弱点と反省せねばなるまい。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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