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大ベトナム展(4)~サーフィン文化~

大ベトナム展には、ドンソン文化(紀元前1000年紀後半から紀元後1世紀ごろ)のシンボルである銅鼓も出品されているが、これは日本でもけっこうよく知られている。ベトナム以外に雲南など南中国で見た人もいるだろう。ただし銅鼓が有名なためにドンソン文化を青銅器文化と誤解している人を見かけるが、実際は発達した鉄器をもつ。

ベトナム旅行好きの人でもあまり知らないのは、中南部でドンソン文化とほぼ並行する時期に栄えたサーフィン文化とよばれる鉄器文化である。名前の由来となったサーフィン遺跡はクアンガイ省の海岸にある。
今回は2点の耳飾りと(図録の9、10)と2点の首飾り(11-12)、それに土器の壺が1点(No.14)出品されている。35ページにはサーフィン文化の解説もある。ちなみに三方に独特の突起のあるNo.9は「有角玦状耳飾り」、
No.10は「双獣頭形耳飾り」などと呼ぶ。どちらも不思議な形で、私は撮影可の博物館で夢中になって写真を撮った覚えがある。なおNo.10の青いガラス製の耳飾りは初めて見た。
サーフィン文化に特徴的な遺物としてはこのほかに、甕棺墓がある。

図録の解説にあるように、同様の耳飾りが台湾、フィリピン、タイなど南シナ海を取り囲む地域から発見される。サーフィン文化の主は、南シナ海の海洋民で、北部ベトナム産の銅鼓がマレー半島・インドネシア方面でも見つかるのは、サーフィン文化の担い手たちが運んだらしい。また中部ベトナムに成立した国家チャンパーは、サーフィン文化を土台として建国されたのではないかと考えられている。チャンパーの主要民族だったチャム人(東南アジア島嶼部と同じオーストロネシア語族に属する)は、サーフィン文化の時代ないしそれまでに、台湾・フィリピン方面から海を越えて上陸したものかもしれない(それ以前の中部ベトナムは、むしろモン・クメール系の住民がいた可能性が強い)。

現在のベトナムでは、北部にドンソン文化、中部にサーフィン文化がそれぞれ自生的に成立し(つまり、植民地時代に考えられていたように金属器文化はすべて他地域の文明人が持ち込んだとは考えないということ)、それを土台に北部・中部の国家形成が始まった(北部の国家形成は中国によって中断させられるが10世紀に蘇る)と考える。南部も同様で、土着の金属器文化を土台に扶南で知られる「オケオ文化」が成立したとする(今回の展示品
No.15-28)。かつて北部ベトナムの文化と国家だけをベトナムの起源としていたのと違い、北部・中部・南部の並行的発展を主張している点は、ドイモイ後の3地域を平等に扱う発想ともマッチしている(「ベトナム南部で発展したオケオ文化」といったとらえ方は、カンボジアには不愉快かもしれないが)。

余談だが書くのを忘れていた。
今回の図録の冒頭に「総論 ベトナムの歴史と文化」という桜井由躬雄先生の文章がある。亡くなる1週間前に送られたものだそうだ。あらためて合掌。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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