自己紹介その2、もしくは鉄男の思い出


勤務先のパンフレットの教員紹介の欄に学生へのメッセージを書くようになっており、以前は「社会性のあるオタクになれ」と書いていた。

子供のころ、家の近くに京急神奈川新町の車庫があった。電車の絵本が大好きで、自分でも絵を描いていた。
そこから飛んで高校時代、尊敬する多才・多趣味な親友Aに、鉄道ピクトリアルや乗りつぶしの旅を教えられた。
そのころは、急速な没落の時期に入ろうとしていた国鉄はイメージが悪く、私鉄ファンだった。

大学に入って京都に暮らし、路面電車が好きになった。旅行も好きだったので休みには全国を旅したが(海外旅行はまだ容易でなかった)、北九州も福岡も、京都も仙台も、つぎつぎと路面電車が廃止されていった。ヨーロッパではすでにLRTが当たり前になりつつあったのだが、日本ではまだ路面電車は郷愁の対象でしかなかった。

自動車が王様、路面電車どころか鉄道そのものが過去のものという論調と世の中の仕組み。組合が(公務員が)悪いから国鉄は大赤字になったのだいう論調と、高速道路には国費を出すが鉄道建設はすべて借金でやらせる政策。私は気づいた。巨人が王様だという論調、子どもたちに巨人しか知らせない仕組みと、同じじゃないか。

こうして院生時代には、「乗り鉄」や時刻表を読む以外に、鉄道趣味誌に乗る各路線や会社の経営状況の記事、それに「都市交通年報」を愛読書するようにになった。あるべき便利なダイヤを考えるという趣味もできた。地方交通の状況を見るために国鉄に乗って全国をめぐった。ベトナム留学直前の1986年9月末に旅客営業をしていた国鉄の路線は全部乗りつぶした。

国鉄は分割民営化で便利になったかもしれない。しかしLRTは富山以外ではちっとも実現しない。首都圏以外の大手私鉄の乗客は、20年前の三分の二とかいう水準に落ち込んでいる。ローカル鉄道に至っては十分の一が当たり前だ。貨物輸送のモーダルシフトもほとんど進まない。そこに、膨大な累積赤字に目をつぶった高速道路無料化などというたわごと。(1)石油が無限、(2)しかも1960年代なみの安さ、(3)日本の人口密度が1桁低く排気ガスや騒音による環境負荷がたいしたもんだいにならない、こうした条件がそろわない限り、21世紀に自動車利用促進策など採ってはいけない。なぜ税金を使うなら鉄道を便利にすることに使わないのか。

かなり長い間、日本の学校の社会科や地理の教科書では、「デトロイトの自動車工場」があこがれの的として紹介されていた。こういう教育を変えねばならない。私の趣味はここでも、社会性を帯びざるをえない。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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