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世界史雑記帳(17)~アンボイナ事件~

同僚の服部典之さんが書いた「香料・漆・金-アンボイナ事件表象を巡って-」(日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム報告書『アジアをめぐる比較芸術・デザイン学研究-日英間に広がる21世紀の地平-』大阪大学大学院文学研究科、2013年、pp.17-26)を読んで、日本の世界史の教科書でなぜあのようにアンボイナ事件が特筆され、入試にもしょっちゅう出題されるのかが分かった。

当時、オランダ東インド会社は日の出の勢いで、イギリス東インド会社などよりはるかに大きな力をもっており、アンボイナ事件がなくとも、モルッカ諸島や東南アジアでのオランダの優勢は明らかだったので、なぜアンボイナ事件があのように大事件扱いされるかわからなかったのだが、当時イギリスがオランダを非難するために政治パンフレットでこの事件を大々的に取り上げ、英蘭戦争に至る過程でもアンボイナ事件の被害が強調された、それがかなりあとまで文学にも反映した、ということらしい。日本の世界史教科書の、アヘン戦争にいたる清朝の対外関係の記述なども、実はイギリス側の一方的な視点で書かれているという話しは何度もしたが(例:清が対外貿易全般を広州一港に限ったかのような記述。そんな事実はない。限ったのはヨーロッパ船だけである)、対オランダ関係も同じなのである。

服部さんによれば、17世紀後半~18世紀前半のイギリス文学では、オランダは「野蛮」「裏切り」などで表象され、それは「女性」として表象されるアジアを苦しめる、「人道的な」「男性」イギリスもお人好しゆえにそれに苦しむが、「女性」アジアは「男性」イギリスを受け入れ、愛する、といったものすごいパターンがあるそうだ。
「イギリスこそ近代日本のお手本」と考えていっしょうけんめい善意で勉強した近現代日本の歴史家たちも、こういうストーリーを内面化していたとしたら、恐ろしいことだ。

今日は東京(学士会館)で、桜井由躬雄先生追悼会。みんな、いろんな思い出にひたった会だった。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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