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ホークス展

同僚のKさんと堺市博物館のホークス展に行ってきた。
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1939年の「3電鉄職業野球リーグ戦」招待券など、戦前の資料も少し出ていた。
中百舌鳥の球場が出来る前は、堺の大浜で試合をしていたと初めて知った。海水浴場や水族館、少女歌劇に相撲場、そして運動場もある総合レジャーランドだったわけだ。関西私鉄沿線には早くからこういうものができていた。

戦後では、大阪球場に関する展示がけっこうあり、球場のイスやスコアボードの回数を書いた板などが展示されていたのが面白かった。
選手の関係では岡本伊三美のユニホームが出ていた。
鶴岡監督と杉浦投手の展示は、1959年の日本一の関係その他いろいろ。
ファンクラブ関係も当然いろいろ展示されている。
最後のコーナーはホークスには関係ないが「堺のスポーツ文化」と題して、浜寺公園や中百舌鳥、それに野球とバレーボールの新日鐵堺、最後に女子サッカーのナショナルトレーニングセンターなどの展示があった。市立博物館らしい展示といえようか。

ホークスといえば鶴岡監督のチームという色彩が強かったが、その功罪はどう評価すべきだろうか。
投手については、ジャイアンツに去った別所武彦や、スタンカを別にすれば、杉浦忠をはじめ、短期間で使いつぶされた投手が多い。1年目27勝、2年目38勝なんてやっぱり無茶だ。3年目20勝のあとは、20勝がない。
杉浦以前にも宅和元司、木村保などなど長持ちしなかった投手が多く、息が長かったのは皆川睦夫ぐらいか。
その意味では、三原脩や仰木彬の同類といえそうだ。

野村克也との関係も、なんとも難しい。
選手時代のことで、野村がホークスで戦後初の三冠王を取ったことは滅多に言及されないが、もっと高く評価されるべきだと、同僚のKさんは常々言っている。

今回の展示で、皆川や広瀬に関するものがなかったのはちょっと寂しかったが、見どころの多い展示だった。拍手。

1988年秋のホークスとブレーブスの連続身売りは、今でも忘れられない。そのころはもう、小さい頃にブレーブスがホークスに散々いじめられた恨みなどはもうなく、とても残念だった。
関西にパリーグ3球団というのは確かに多すぎたし、ホークスが福岡に定着したのは良いことだが、関西のパリーグ球団が、「あの大阪ドームの」「あのオリックスだけ」というのは寂しい。

帰りに、博物館のAさんが案内してくれた堺東駅前の飲み屋で3人で痛飲。
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飲み過ぎて今日はちょっとしんどかったが、プロ野球の結果を見てニコニコ。
マリーンズは2日連続でサヨナラ勝ち。福浦和也が決勝犠飛。リリーフ陣が連日よく投げている。
このチームの課題は、ひとえに中軸打線だろう。

高校野球の済々黌は残念。相手がちょっと悪かった。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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