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漢字文化圏でなく漢文文化圏

新しい本ではないのだが、出張の新幹線の車中で、金文京さんの「漢文と東アジア--訓読の文化圏」(岩波新書、2010年)を読んだ。

はじめに
第1章 漢文を読む--日本の訓読
第2章 東アジアの訓読--その歴史と方法
第3章 漢文を書く--東アジアの多様な漢文世界
おわりに--東アジア漢文文化圏

という構成である。

日本に漢字の訓読み、漢文の訓読(書き下し、読み下し)という独特の習慣があることはだれでも知っているが、一般にそれは「世界中で日本だけのもの」と思われている。また、漢文といえば孔子のことばや唐代の漢詩など、正統漢文(規範的漢文)だけと思われている。しかし、前者は一国史観ないし日本特殊論、後者はハイカルチャーだけを尊しとするエリート主義の産物である。また後者は、漢訳仏典やさまざまな「変体漢文」を見えなくすることによって、前者の日本特殊論の不可欠な支えをなしている。

漢字を同じ意味の母語で読む「訓読み」、語順を変えたり言葉を補う「訓読」の背後に、中国における仏典の漢訳と、朝鮮半島、日本や契丹、ウイグルなど中国語と文法・音韻の違った言語(アルタイ語系など)をもつ人々が漢字・漢文を読み書きするための共通の工夫などを見出す著者の説明は、とても面白い。そこから生じた書き言葉としてのさまざまな変体漢文も、最近のモンゴル帝国史ブームでよく知られたモンゴル語直訳体漢文を含めて、興味深く論じられている。

漢文を崇拝せざるをえなかった朝鮮・日本などの知識人が、仏典を通じて自分たちの母語に語順が近いサンスクリット語にふれ、中国を相対化する契機をえたこと、中世~近世日本で儒学者たちが同時代の中国語を学んで漢文を外国語として読もうとしたことなど、世界像にかかわるエピソードも豊富に紹介される。後者がとうとう実現しなかったことは、與那覇潤さんなら「中国化できない日本」として論じるだろう。

漢字だけが問題ではなく、正統漢文・変体漢文から、さらに漢字から派生したさまざまな固有文字や、漢字と固有文字の混用文までが相互にからみあう世界を理解するには、「漢字文化圏」ではなく「漢文文化圏」という呼称のほうがふさわしい、それは一国史観を脱して東アジアを総合的に理解する試みにとって必要なことだ、という著者のまとめ(229-230ページ)は、まことに正当なものである。

ベトナム語とベトナム漢字音、漢文の読み方とチューノムについても、ホーチミンの漢詩を含め取り上げているが、「ヴェトナム」はやめてほしかった。またクオックグー(現代ベトナムのローマ字)の印刷は、専門家(学生で十分だが)のチェックをへていないため、間違いがある。また、ベトナムで正統漢文をどう読むかの解説が、註釈付き「三字経」(初学者用の漢字教本)の例だけでは不十分であり、たとえば漢詩や漢文文学の訳注のスタイルなどを紹介すべきである。その場合、原文とならんで「翻音phiên âm」(昔はチューノム、今はクオックグーによる音読)、「dịch nghĩa義訳(意訳)」(翻訳だが元が詩など韻文ならベトナム式韻文に置きかえる)などを並べる。「翻音」が不可欠なのは、現在漢字が廃止され「原文」としてローマ字音写が必要であるだけでなく、単音節声調言語として言語構造が近いこともあり、昔からまず音読(直読)がおこなわれていたのだろう。

もう一点、小さな話だが、中国語と同じ孤立語がチベット語とベトナム語ぐらいだというのはずっこけだろう。タイ語系の言語を無視するのは具合が悪いはずである(シナ・タイ語族という分類もある)。このごろ中国や東アジアの専門家が東南アジアも無視しなくなったのはうれしいことだが、まだその記述が不十分、不正確な場合が多いのは、もう一息がんばってほしい。





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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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