世界史雑記帳(16)~銭の出土で分かること分からないこと~

さっきの記事の蛇足だが、ケニアで永楽通宝が発見されたことは、(1)ケニアと中国が直接貿易していたことや、(2)この銭がケニアに流入したのは永楽時代であったことを、必ずしも意味しない。

先に(2)から言うと、先日の雑記帳で書いたように、中国銭は後世まで使用が続く。日本でも寛永通宝に一本化される以前は、明代どころか宋代のいろいろな年号をもつ銭が使われていた。

(1)について、函館の近くで見つかった埋蔵銭「湧元古銭」の中に1324~29年にベトナム(大越)で鋳造された銭「開泰元宝」が含まれていた。その時期の北海道と北部ベトナムが直接交易していたとは思われないので、中国から西日本経由で入ってきた可能性が強い。中国銭と周辺諸国の銭が混用されることも、先日の雑記帳に書いた。

とはいえ、鄭和艦隊の分遣隊がアフリカに永楽通宝をもたらしたことも、十分ありうるだろう。陶磁器など他の出土品はないのだろうか。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR