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「ネオ講座派」の必要性

歴史学者以外の学者や思想家が世界史や歴史を論じた本がつぎつぎ出ているが、そこで気になるのは日本の歴史学者がいまでもマルクス主義(とみんなが思ったもの))で固まっているという前提で書かれたものが多いこと。日本史の一部を除き、もはやマルクスなど影も形もないというのが学界の状況なのだが、それはほとんど知られていない。簡潔に知らせる本がないことは問題だが、現況を調べもせずに自分の若い頃のイメージだけで歴史学者をけなす人々に、いつまでもステレオタイプから抜け出そうとしないマスコミを笑う資格があるかどうかは、疑問である。

その点で、近代日本が「中国化」や「江戸時代化」はしても、法の支配や個人の契約に基づくヨーロッパ的な「近代社会」なんて全然作れてこなかったのだから、日本の後進性を強調した講座派は今でも意外に正しい、あまのじゃく名自分は、ほとんど意地で「ネオ講座派」とでも名乗ろうかと思う、という與那覇潤さんの発言はさすがである(「「日本史」の終わり」259ページ)。小林多喜二の「蟹工船」がブームになったのは何年前だったっけ。

戦後マルクス主義の問題に戻れば、日本一国史を強化したことと、「猫も杓子もマルクス主義」という思考・活動様式(非弁証法的なマルクス主義!)がいけなかったのであって、後でけなされるほど単純で間違った研究ばかりやっていたとは私も思わない。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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