世界史雑記帳(15)~東南アジアの植民地時代のまとめかた~

土曜日は京都の世界史読書会に参加した。岩波東アジア近現代史第2巻の、東南アジア植民地体制の完成(1870年代以降)に関する弘末雅士論文を若手のK先生が紹介した。従来の東南アジア専門家による東南アジア史研究を適切にまとめた論文で、主要植民地の歴史がわかりやすく書かれているのだが、従来の東南アジア史研究の欠点を反映して、世界史のなかの東南アジア史の位置づけは十分書かれていない論文だとも言える。

書かれていないのは、たとえば(1)東南アジア全体の経済構造およびその世界経済との具体的結びつき(要するに杉原薫氏らが研究したこと)、それに(2)世界各地域と比べた東南アジアの植民地支配や独立運動の特徴である。それがないと、高校世界史では教えられない。

(1)では、各植民地が宗主国と一対一で結びつくのではなく、シンガポールが全体のハブになっていたこと、ヨーロッパ諸国間ではイギリスが圧倒的支配力を持っていたこと、しかし東南アジア産物の輸出先、労働力と軽工業製品の供給元などの面で、(これもシンガポールや香港をハブとした)中国、インド、日本などアジア諸国との結びつきが軽視できず、物流面でも華人やインド人の通商ネットワークに依存する部分が大きかったことなどを、全体構造として書いてほしかった(帝国書院世界史Bには明記してある)。ちなみに、世界商品といっても主な物は島嶼部のプランテーションや鉱山で生産され、大陸部の米(主な輸出先は島嶼部のそういう鉱山やプランテーション、中国・インドの人口過剰で食糧不足の地域など)が稼ぐ外貨は当時も現在も知れている。現在のベトナムのコーヒーとコショウなど、大陸部で米以外の輸出品が世界トップに出る事態は、植民地時代にはなかった。

(2)では、一方の極端にアメリカ大陸やオーストラリアのように移民や黒人奴隷の子孫が多数を占め、「先住民の独立」や「かつての王国の復活」などはほとんど問題にならない地域があり、他方の極端に韓国のように、植民地化以前と独立後の国家・民族が強く連続性を主張しうるものがある。東南アジアでは大陸部諸国は後者に近い。しかし島嶼部はそうではない。ラテンアメリカのように外来住民の子孫が多数を占める地域は一部にとどまるが(英領マレーはその例)、植民地の枠組みが伝統的な王国や民族とあまり一致しない点で、西アジアやアフリカと似ている。そこで東南アジア島嶼部では、オランダ領東インドのイスラームやフィリピンのカトリックなど、宗教が民族運動・独立運動の紐帯になった。こういした世界の植民地との比較は、弘末論文を含め東南アジア史の教科書・概説にほとんど書いてない。
もうひとつ、20世紀には東南アジアの植民地でも「大きな政府」がしだいに形成され、学校なども設立される。それが韓国・台湾(や英領インド)などと比べてどのぐらいの広がりをもっていたかは、日本のウルトラナショナリストがこの点での日本領のすばらしさを強調してきたこともあり、取り上げるべき問題であるが、まったく触れられていない。

ほかに(2)について、島嶼部で注意しなければいけない点がいくつかある。オランダ領東インドのイスラームへのワッハーブ主義の影響などはあるが、全体に東南アジアのイスラームやカトリックは土着化が進み、「正統派」とは違いが大きいものだった。またアメリカ大陸のように移民の子孫が独立の主役になることはなかったが、フィリピンのスペイン系・中国系のメスティーソ、インドネシアのオランダ系「ユーラシアン」や中国系「プラナカン」などは、それぞれある時期から植民地支配に感じる疎外感が強まり、民族運動や土着社会の文化形成に重要な役割を果たした。このへんは、弘末論文にも詳しく書かれている。

(おまけ)東南アジアの植民地の名称や範囲などについて教科書記述に間違いが多いことは、拙著「わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史」(大阪大学出版会)その他で再三解説した。古い教科書をそのまま使ったり、それをさらに誤解した入試問題(たぶん高校の校内での試験や予備校の模試も)が跡を絶たないのは遺憾である。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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