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世界史雑記帳(14)~銅銭の不思議5~

中国を含むアジア各地では、近世から近代にかけて、需要が増えればものの値段は上がる、供給が増えれば値段は下がる、という近代経済学の基本原理に反する不思議な現象がしばしば見られた。その理由の一つは、貨幣の仕組みが国家単位で一本化されていないことにある。ある品物の銀表示の価格は上昇しているが、銅銭での価格は下落する、といったことがありうるわけだ。

清朝中国の場合、銀と銅銭の換算レートが、対象となる商品ごとに違うというケッタイな仕組みがあった。従来は経済発展の遅れ、歪みと見なされたこの現象は、大航海時代の世界的な「銀の大行進」以後に世界中で見られた、銀価格の変動がローカルな経済を直撃する(要するにグローバル化の弊害)という状況から地域経済を切り離す、ある意味では賢明な選択だったと、現在では理解されている。

ちなみに鎖国後の日本は、中国銭の使用を禁止し銅銭を寛永通宝に一本化するなどいくつかの仕組みで、近代ヨーロッパ諸国と同様の、国単位で統一された貨幣の仕組みを作ってゆく。それは幕末以降、近代資本主義に見事に対応しえたが、対外収支の黒字・赤字や外国為替レートの変動が、国内経済に直接反映する仕組みである。中国は、それとは別の選択をしたのである。たとえばプラザ合意以降の日本経済など、金融と為替レートによって各国経済が翻弄され続ける近年の事態を見るにつけ、本当に中国の選択を「おかしい」と言えるだろうか?

(おまけ)
唐代に「開元通宝」という有名な銅銭が作られた。唐王朝が中央ユーラシアに大きな勢力を築いた結果、中央ユーラシアのオアシス国家(文化的には西アジアの影響が強い)の遺跡では、片面が開元通宝、片面は王様の肖像といった銅銭が出土するという話しを、ずっと以前に阪大東洋史の学生の卒論で聞いたことがある。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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