スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

世界史雑記帳(11)~銅銭の不思議その2

前置きが長くなるが、前近代の貨幣については、貨幣の起源のほかに、一般論として2つのことを理解してもらう必要がある。

 第一に、国ごとに別々の貨幣を使用するという仕組みは一般的でない。貨幣を携えた商人は国境や地域をこえて移動するが、現在のように国境などで現地の通貨に両替しないと使えないといった管理体制をしく能力は、前近代の国家権力にはなかった。また中央銀行が存在しない時代、一国内でも地方ごとに別々の貨幣の発行者が存在するなども、珍しいことではなかった(これは「偽造」の問題とは別である)。流通量の問題もあり、王朝が代わっても、前の王朝の貨幣を全部回収して新王朝の貨幣に置きかえることなども不可能だった。結果、どの国・地域でも、いろいろな国や時代の貨幣が混在し(雑種幣制)、必要な場合には両替商などが鑑定をしたり、一定の貨幣は額面表示より高くまたは低く見積もられて流通する、場合によっては受け取りを拒否される(撰銭)などの事態が当たり前だった。中国でも、前の時代の銅銭はもちろん、周辺諸国の銅銭の流入・使用が(建前上認めていないにせよ)しばしば記録されている。

 第二に、貨幣はいろいろな機能をもち、それが一種類の貨幣によってすべて担われるとは限らない。代表的な機能は、(1)交換(場合によっては納税や給与)の手段ないし媒体、(2)物の価値をあらわす尺度、(3)冨を蓄える手段などである。(1)はなるべく手軽な物体がよいが、日ごろ顔をつきあわせている人々の間のローカルな交換では極端な話しが木ぎれでもなんでもよいのに対し、二度と会わないかもしれない遠隔地の商人同士の取り引きは、銀などそのものが価値を持つ物体が必要である。(2)(3)はそうではない。(2)は絹とか米が思いだされるだろうが、空想上の単位であってもかまわない。(3)は腐る物では長期の保蔵に耐えないので、宝石や貴金属が好まれるが、カメに詰めた銅銭を埋蔵するといったパターンもよく見られたのは周知の通りである。

中国は領内に金銀などの貴金属資源が乏しかったせいか、銅銭を貨幣の中心にすえた(銅資源も清代には不足するが)。銅は貴金属ではないので素材がもつ価値そのものによって通用するとは限らないのだが、しかし紙幣のように物質としてまったく無価値なわけではない。また銅は貨幣以外にいろいろな用途があり、銅銭を鋳つぶしていろいろな銅器や、近世なら大砲鋳造など別の用途に使うこともできる。貨幣そのものがいろいろな機能をもつうえに、銅銭がこうしたあいまいな性格をもっていたため、中国と東アジアでは、しばしば貨幣が不思議な動きを見せた。                                         (続く)
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。