朝貢・冊封とは

先週土曜日の歴教研でこれをまとめようと思ったのだが、研究者側が時代によって一様でない面などばかり強調したために、高校教員は「これでは教えられない」と感じたようだ。主催者側の準備不足を反省。

その埋め合わせに、いくつかのポイントを書いておこう。専門家からは文句が出るだろうが、「文句があるならこのレベルのわかりやすい説明を自分でしろ、できないなら文句を言うな」ということである。

1.漢代から朝貢・冊封などの外交の仕組みができ、建前上は清末まで維持される。背景にあるロジック(華夷意識)は、「天子は中華の民を徳・礼・法の3つで治めるが、蕃夷には法は通用しないので、徳と礼のみを及ぼす。蕃夷といえどもそれには感化されるはずだ」。これは純粋な対外関係のイデオロギーではなく、国内統治と影響しあっている(例:「蕃夷の服属」を誇示することによって、国内で皇帝の権威を強める)。また唐代など諸外国に対する統一的な格付けが一定の効力をもったケースがあるが、朝貢・冊封関係は基本的にはそれぞれの国・勢力との一対一の関係であるから、「冊封体制」「朝貢システム」など周辺諸国に一元的に影響するシステムが実在したと理解してよいかどうかは疑問。

2.冊封を受けた国・勢力の義務は一般には、(1)中国の年号と暦を用いる(正朔を奉じる)、(2)定期的に朝貢する、(3)代替わりや新王朝の樹立は届け出て承認を得る、の3つだけ。基本的に内政にチェックがはいることはないので、(1)も中国と接触する場合のみでよい
*中国皇帝に差し出す手紙の無礼な文面を中国側で担当官がうまく直してくれるなど、現場の裁量の影響力も大きい。

3.中国側は建前上、冊封国を保護する義務を負うので、周辺国同士の戦争に対して停戦命令を出すようなことはよくあるが、実際に自分で出兵することはまれである。むしろ、中国側が膨張路線を取る時期に、冊封国が(3)の義務を果たさないことを理由に出兵するケースが目立つ。
*だから冊封国で王位を簒奪した人物は、「前の王朝が賊に滅ぼされ、一生懸命探したが末裔も見つからないので、賊を討った私が国人に推されて仮に政務をとっています。どうか事情ご賢察のうえご承認ください」といった理屈をでっちあげなければならない。

4.朝貢・冊封関係を媒介として貿易がおこなわれることがよくある。朝貢品に対しては通常、より価値の大きい返礼(回賜)が与えられるし、使節団が携帯した商品の貿易を許される、商人団の随行が許されるなどいろいろな恩典が伴うケースが多く、朝貢と無関係な貿易が許された時代でも、「朝貢しておいたほうが有利」ということは少なくなかった。ただ逆に、朝廷が財政難で回賜が少ないとか、中国側のタカリ役人や悪徳商人にひっかかって、外国側が大損するケースもあった(それが続くと朝貢が来なくなる)。
*朝貢・冊封関係イコール貿易の手段という説明は、日本史や東南アジア史でよく見られるが、政治=文化的に自分が周辺である事実を見たくないナショナリストの言説にからめとられている場合が多い。「冊封体制」はなくても、「周辺諸国が影響を受けている」事実はある。

5.中国は朝貢以外の国際関係をすべて否定していたわけではないので(例:西・北の遊牧民との対等やそれ以上の関係)、朝貢によらない外交関係と貿易をすべて否定した明朝前期の体制は異例である。ただし明も含め中華帝国は、朝貢国をすべて冊封しようとしていたわけではない(例:唐は日本の遣唐使が来ても冊封しない。明も足利義持以降の室町将軍を冊封しないままで貿易は認める)。清の場合はより柔軟に、(やってきた使節そのものは朝貢の扱いをするが)多くの国との「互市」を認める。
 *陸の朝鮮やロシアとの国境はもちろん、海でも琉球船が福州に来るから、「清朝が外国貿易を広東一港に限った」事実はない。この教科書記述や入試問題がまかり通ってきたのは、この部分が「中国史でなくイギリス史」になっているからである。

6.清末にも朝貢(冊封)国の内政の「自主」を認めていたが、列強への対抗上、ベトナムや朝鮮では軍事的「保護」路線に傾斜する(近代的な属国関係に接近)。しかしその失敗が中国本土への侵略強化につながったことに懲りて、中華民国(や人民共和国)は、清朝の「藩部」だった地域を守ろうとやっきになる(しかも「自主を許していたのがまずかった」という「反省」をともなって)。
*この部分は岡本隆司氏の一連の著作による(読みやすいのは「岩波講座東アジア近現代通史」第一巻の論文など)

こんなもんでどうでしょうね。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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