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與那覇潤「中国化する日本」第2回合評会

とても寒い日だったが、今日も山形、福岡など各地からおおぜい来てくれた。
今回は、日本史と高校教育の立場からの批評である。

いろいろ面白かったのだが、「中国化」という文脈でいちばん大事だったかもしれないのは、日本近代史の久保田君が紹介した「日清戦争の前の日本人は、みんな中国を恐れていた」といった趣旨の尾崎行雄の発言だった。

與那覇さんが今回も、近現代史や西洋的枠組みだけでは今の若者が実感できないことがらを、「中国化」「江戸時代化」などの概念を使って理解させるという戦略について述べられたが、日清戦争までの中国人が抱いていた根源的な中国コンプレックスというのも、漢学・漢文の世界から完全に離れてしまった今の若者にはまったくぴんと来ないだろう(→そういう若者に本当の「中国化」などできない、できるのは低レベルな「ブロン」に過ぎない、というこおとにもなりかねない)。ここをどう理解させるかは、工夫が必要な気がした。

ブロンについて、討論で出た話も面白かった。
「中国化する日本」では、最初に異なるモデルのミックスによる「ブロン」の生産はうまくいかないと言っているが、「ブロンとしての戦後日本」は比較的高く評価しているという指摘があり、ご本人も肯定していた。その点では保守主義の考え方が参考になるとのこと。つまり統一的な原理による根源的変革などの「設計主義」はよい結果にはつながらない、いろいろなモデルを少しずつ組み合わせて漸進的に行くのがいいのだ、という考えである。その点で、戦後民主主義は日本史上もっともうまくいったブロンだった、というのが與那覇さんの評価である。

以下はいつも言っている私見だが、日本には「本当の中国化」はできない。やろうとするとできるのは、「東南アジア化」というブロンである(中身はベトナムに似る←逆に言うと、ベトナム社会は、とくにその悪いところが日本にかなり似ている)。20世紀末以降の日本は、江戸時代の「脱東南アジア」の逆の道を歩んでいる。政治の液状化とポピュリスト政治家のありかた、「家」に代わるモデルを作れない家族システム、ついでに味覚の変化などがその典型的な例だ、という話はあちこちでしてきた。



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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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