阪大式卒論

與那覇さんのツイッターを見ようとツイッターに登録したら、少し前に卒論のことが話題になっていた。
全体にスパルタの阪大だが、東洋史の卒論も(多分東洋史としてはダントツに)厳しい。
前提として、全教員・学生出席の合同演習などで行われる、史料引用や参考文献の書き方・配列などの厳しい指導がある。

卒論の枚数は自由。中国史はもちろん、中央ユーラシア史や東南アジア史など、修論以上だと漢文だけではすまない領域でも、卒論は漢文史料だけでよい。ただ先行研究は、英語や第二外国語の文献をある程度利用することが求められる。

いちばん厳しいのは漢文史料の引用で、原文(句読点を打ったもの)、書き下し、日本語訳の3種類を並べて書くのが原則である。こうすると、点切りや書き下しだけだとごまかせるところまで追及されることになる。欧文やローマナイズされたアジア言語史料の場合も原文と訳を併記させる。

先行研究の引用は[桃木2011:125-131]といったスタイルでやる。

ちなみに予備発表は原則として3回生の秋、4回生の春・秋と合計3回やらせる(1回目は五里霧中、3回目でテーマ急変、などは珍しくないが)。
口頭試問がまた厳しい。最初に本人から論文の概要や売りを数分で説明させ(これはなかなかうまく出来ない。與那覇さんのように端的に説明する能力というか発想がないからである)、それから教員側が史料の読み、論理展開、書式など多くの角度から突っ込む。

問題意識や論理の幼稚さは、哲学や社会学、人類学などと比べて覆いがたい。
序章で「これこれが明らかになっていないから自分が研究する」とは書けても、「これこれの先行研究や定説がおかしいから自分が研究する」とやろうとすると、たいてい「先行研究はそんなことを本当に言っているか」「君のその説は先行研究を批判したことになるのか」などと突っ込まれて立ち往生することになる。下手をすると修論どころか博論でも似たようなことがおこるのは、歴史学とりわけ東洋史学の弱点だろう。

もちろん漢文や英語など、史料読みが間違いだらけ、という卒論も珍しくない。電子検索でよく史料は見つけるが読めはしない、というのは本当に頭が痛い。

形式面はうるさく指導しているが、それでも「昔の大家の文体をマネしてしまう」などの理由で、そのテーマの専門家以外にはなんだかわからない不親切な記述をしてしまう学生は跡を絶たない。

そのように欠点を探せばきりがないのだが、相変わらず細かい指導をしない(?)他大学の卒論を院入試や研究会などで見ると、阪大生の卒論は圧倒的に優秀なケースが多い。逆に阪大生がよその院入試で圧倒的高得点で合格したり、学外の研究発表で感心されるケースを何度も見てきた(大学院で東大や京大の賢い院生に追い抜かれることも珍しくなかろうが)。
毎度の阪大自慢と挑発的発言で気が引けるが、現在の東洋史学の危機的状況を救うには他大学はずいぶんのんびり昔風にやっている、というのが正直な感想である。
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No title

「突っ込まれて立ち往生」というくだりで、かつての自分のことを言われているような気がしました(笑)私は教育学部だったのですが、恩師T先生は学問にはシビアな方でした(今でもそのようです)。19世紀末から20世紀初めのドイツ語文献は今と綴りが若干違ってて、iがyとかになってて、声に出して読んでみて「ああ、この単語か!」とわかったときのうれしかったこと。

No title

私の卒論は「ツッコム以前の出来」で試問もあっさり終わりましたが、修論は理論家のT先生に急所を突かれて言葉に窮し、その晩うなされたのを覚えています。今、学生をとっちめているのは本当におこがましいのですが(汗)。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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