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一面的・平板・静的なとらえかた

「コンヴェンショナル」ということばを数日前に紹介したが、より具体的に他人の研究姿勢や対象のとらえ方をけなす際に、歴史学でよく使われることばにこれらのことばがある。逆にほめるには、多面的ないし複眼的、立体的ないし構造的、動的などのことばが使われる。

「ひとつの要素や視角ですべてが解ける」という歴史学は、新入生のナゾ解き史学からナショナリストの「日本人の歴史」まで、実際にはまず成功しない。したがって多面的な見方、複眼的な考え方などをたいていの人間が試みることになるのだが、それは下手をするといろいろな見方や史料の羅列に陥り、「けっきょくなにが正しいのかわからんではないか」と言われてしまう。

それを避けるには、複雑でたくさんある事象や説明を整理して、階層や次元を分けたり(これができないと「平板」ないし「平面的」と言われる)、それらがつくっている全体構造を明らかにする必要がある。

ところが構造を(科学的な意味で)閉じたものにしてしまうと、「静的だ」と批判されることになる。実際の歴史事象はたくさんの社会的な力(ベクトル)の合力であるのが普通であり、それぞれの力の関係や相互作用などを明らかにしなければならない。しかもそれぞれのベクトルは、(「長期持続」などと呼ばれる自然環境ですら)変化し続ける。だから歴史上の「構造」は、生命論などで言われる「動的平衡」としてしか存在しない。

こういう話は、ゼミや特殊講義での経験と実例を通じて各自が自然に身につけるものとされてきたが、史学概論で言語化して教えておくこともある程度しないと、「少数の達人」以外のみんなのものにはならないだろう。


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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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