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與那覇潤「中国化する日本」合評会第1回(その4)

與那覇本をめぐって論争になりうる点として、「世界がいま追いつきつつある中国モデル」が中国で「実現」したのは、ほんとうに宋代だったかという問題がある。

かつての古代中国を奴隷制ととらえるか封建制と見るかの時代区分論争などでも方法論上の論争があったのだが、ある時代を「最先端のシステム」で定義するのかそれとも「マジョリティの状況」で定義するのかが、歴史学の方法上かならずしも明確ではないのだ。
前者なら與那覇さんのいう固定的身分制や経済活動への規制がない社会、それをまとめる帝国の普遍原理などは宋代にできあがっていたと言えるが、後者の立場では、宋代には一部の階層や地域をカバーしていたにすぎず、これらが社会の大部分を覆ったのは明末清初以降としか言いようがない。最近のグローバルヒストリーでは後者の見方が流行しているのではないか。

なお高橋先生から朝鮮の「中国化」についてご質問をいただいた(コメント欄)。
ガチガチの朱子学と両班の支配、農本主義政策と貨幣経済の遅れ、わざと明の遺風を強調する小中華主義などなど、従来のイメージは與那覇さんのいう「中国化」とは対立的だが、宮嶋博史さんの「両班」(中公新書)や最近の「近世化」をめぐる論争、法政大学でつぎつぎ出している韓国人の著作の翻訳(たとえば李泰鎮「朝鮮王朝社会と儒教」)などを見ていると、かつてのイメージはかなり塗り替えられていることがわかる。

とにかく、朝鮮王朝前期と後期では全然違う。與那覇説が(おそらく宮嶋説などに依拠して)言うのは朝鮮王朝後期の状況だろう。
たとえばそこでは、商業活動もきわめて活発である。奴婢身分が消滅したどころか「中人」などがどんどん両班に化けていき、「みんなが平民になる」通常のケースとは逆に「みんなが支配層になってしまう」形で固定的身分制が解体していったとされる。また朱子学の普及というのは、「大規模な官僚制で個別人身支配を敷く」などというハイコストなやり方をせずに「下から自主的に管理社会を作って小さな政府を可能にする」イデオロギーであり、朝鮮後期には国家の社会末端に対する支配は大きく後退している。
国家の後退は日本でも同じだが、朱子学は原則的に専制国家のイデオロギーであり、江戸期日本のような強固な団体型社会には直接はつながらない(換骨奪胎されて影響したのはもちろんだが)。そして神秘的な権威を主張しない朱子学は、「合理性」や「科学技術の進歩」と別に対立しない。だから悪い君主を追放する易姓革命はあっても、近代的な意味での体制の転換は必要ない。そういう朱子学を、朝鮮は熱烈に学んだ。

朝鮮は「日本と中国の中間」ともよく言われるが、本書のような議論の目的や組み立て方のもとでは、朝鮮を中国の仲間にしても差し支えないことになると思われる。歴史学者がよくやる「実態に差がある」というツッコミは、こういうモデルとか原理に関する議論に対しては、あまり意味がない。

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愚問への丁寧な回答に感謝します

桃木先生
 愚問への丁寧な回答に感謝申し上げます。宮嶋博史氏の『両班』は、私も持っていましたが、まだしっかりとした理解が出来ていなかったようです。「皆が支配階層になることで身分制が崩れる」ということは、以前に聞き知っていましたが、朝鮮王朝後期の歴史像理解と結びついていなかったようです。宮嶋氏の『両班』及びアップされた第1回合評会の報告資料を熟読玩味して、3月2日の第2回合評会に備えたいと思います。
敬具
高橋 徹
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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