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外国史研究と地方自治体

おとといのCSCD授業「歴史のデザイン」はゲストスピーカーにKさんをお招きした。
「堺歴史文化交流会議」
http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_kokusai/rebuk.html
の仕事に2007年、08年と参加したおり、運営を請け負っていた会社の方で、そのときの経験を話してくださった。
歴史学者・院生の社会貢献にこういう形態があるんだ、ということで、関心をもつ受講生が多かった。

これは堺市立博物館の館長をしておられた角山栄先生(「茶の世界史」の著者)の提唱などによって始まった行事で、中世の堺と貿易のあったアモイ(中国)、ホイアン(ベトナム)、アユタヤ(タイ)、バンテン(インドネシア)の4都市・地方との学術文化交流を数年にわたって続け、そのうち2007年、08年には私が座長になって各地の専門家との研究会、市民向けの公開シンポジウムなどを実施した。

通常の姉妹都市との交流だと学者はあまりお呼びでない。また歴史・文化で学術的な取り組みというと、普通は日本史(地方史)だけだ。しかしこの催しは国際課が前面に出て、博物館や埋蔵文化財課などともうまく協力しながら(お役所のなかでそれは簡単ではない)、私以外にも4都市・地域の歴史を専門とする海域アジア史・東南アジア史の専門家、そして堺市の職員である著名な考古学者などと4つの外国の研究者の交流の場をつくった点が、きわめてユニークだった。

政令指定都市といっても堺市は人口100万に満たない。その行事としてすごかったところは、専門研究会も公開シンポも英語だけでやらずに、中・越・タイ・インドネシアの4言語の通訳をつけるというわれわれ専門家の要求を認めてくれたことだ。会議中の通訳の時間はかかったが、議論の中身はこれによって、大幅にレベルアップした。本当の学術シンポまではいかなかったが、各地の文化遺産や出土品に関する情報交換、とくに外国で知られていない堺の出土品などは、参加した日本・外国双方の専門家をじゅうぶん喜ばせた。アジアとの海上交流の歴史に関する自治体主催の交流というのは、九州・沖縄などの独壇場の感があったが、堺の催しのインパクトは小さくなかった。

また事後の報告書は日英両語どまりだったが、お役所のそれとしては異例のきびしい内容や英訳のチェックを実現した。市内の中学生向けには、下のようなパンフを作成して全生徒に配布した。
img103.jpg

これも英語版を苦労して作った。
img104.jpg

堺市の偉かったのは、任期付きの契約職員だったが、国際課にポスドクや院生を複数雇っていたことだ。文化交流から被災者支援まで、ある規模以上の自治体には今や、高度な専門性と外国語運用能力をもつ職員が必須である。

もう1点、このときの研究会・公開シンポの通訳は、歴史関係の大学院生と職業通訳が半々だった。私は院生など研究者を使うよう強く主張したが、適当な人材が見つからないことばは、職業通訳を依頼せざるをえなかった、結果は予想通り、あまりうまくいかなかった。はじめ苦労したが慣れたら戦力になったのは、留学経験のある大学院生である。人文系というのはそういう分野だと私は口を酸っぱくして散々言ってきた。電子翻訳がいまだにまともにできないのも人文系である。専門用語や専門的な表現は、その分野の専門家(まずは自分の母語でその専門用語がわかる人)しか通訳・翻訳ができないのだ。

同様に専門性の高い司法通訳、医療通訳などは、日本でもようやく専門家養成が始まったが、人文系は相変わらず少数のボランティア(アルバイト)に頼っている。タンロン皇城遺跡(ハノイ)に関する日越協力の件で再三再四言ってきたが、歴史や文化財に関する国際交流・協力が広がってきた現在、人文系でもハイレベルな通訳を組織的に育成・確保しなければいけない。なぜなら歴史や文化財は容易にナショナリズムに結びつくから、不正確な通訳・翻訳は、外交やビジネスの通訳をいいかげんにするのに劣らず危険なのである。そのためにはまず、英仏独中など限られた「メジャー言語」以外を学ぶ学生が話にならないほど少ないことが、問題にもされない日本の大学や社会の仕組みを改めねばならない。

今夜のCS「クラシカ・ジャパン」は、ブラームスのピアノコンチェルトの2番。たしかイタリア旅行のあとで作ったとかいう話だったと思うが、ドイツの村や森を思わせる重厚な1楽章、アルプスの急流や絶壁が目に浮かぶ2楽章、アルプスの南斜面がしだいに緩やかになる感じの3楽章、南国の海のきらめきや陽光のもとで不器用にはしゃぐような4楽章、といかにもそれらしく聞こえる。若い日の純粋なあこがれを思い出させる1番も好きだが、2番もいい曲だ。

来週の同じ授業もゲストをお招きして、今度は「高大連携」などの教育面で歴史研究者・院生ができる貢献について話していただく予定である。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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