スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

與那覇潤「中国化する日本」合評会第1回(その3)

与那覇さんのこの本に対しては、「こんなものは歴史学ではない」という批判・拒絶反応がアカデミズム内部でよく見られるようだ。文体については好き好きだが、日本語の文語文について古い観念に縛られている人がよくいて、入試問題作成の際に問いかけの文章表現をめぐて意見が食い違うことがよくある。そういう人からすれば、本書の文体も言語道断だろう。

一次史料に基づく史実の研究を直接の土台にしたものが歴史学だという立場から見れば、他人の研究にもとづいて大きな議論を組み立てた本書はもちろん歴史学の書物ではない。田口さんが歴史社会学の作品として本書をとらえていたのに対し(たとえばウオーラーステイン、小熊英二などの著作は歴史社会学とカテゴライズされている)、与那覇さんは「史論」と表現されていた。前提には20世紀初頭の日本で官学アカデミズムが歴史学を独占するまでは、福沢諭吉、竹越輿三郎など民間知識人などによるさまざまな史論が展開されていたことがある。司馬遼太郎の作品も、歴史小説というより史論として受け入れられている部分があるだろう。史学概論の授業では歴史学と文学(歴史小説)の違いについては必ず習うのだが(しかも現在では両者は敵対的というより相互浸透的にとらえられる)、歴史学と史論との意味・役割の違いもきちんと教えないと、与那覇本に対する単純な拒絶のような論理的短絡が生じる。

与那覇さんがこの本を書いた意図として、歴史学というのは史料による史実確定と大きな歴史像の提示の両方をしなければいけないのに、言語論的転回などの結果、だれも「大きな物語り」を語らなくなってしまったが(大きな物語を語る人が「大きな物語は語れないと語る」ような入り組んだ状況)、それはだれかがやらなければいけないので、自分がやることにした、という意味のことを言われたが、それには大賛成である。
そもそも、人間(の多く)には大きな物語への関心が--生成文法のように人間に本来備わっているとは言えないにせよ--ある。だから、専門家が遠慮したら、だれかが代わりに(ときには悪意を持って)大きな物語を書く。それは歴史学から見て許せない内容になるだろう。それがいやなら、自分で大きな物語を書くしかない。

本書の優れた点は、直接のターゲットである歴史を学ぶ意味を理解していない学生・大人とか、日本史と中国史は無関係と思っている人々向けの書物として成功していることだけではない。そういう層以外の読者にも、いろいろな知識を提供し、さまざまな問いかけをしている点が大事であると考える。

たとえば、与那覇さんは学生時代に、なんで江戸時代の思想史というとみんなが儒学を研究するのか、明治維新後の「地方経営」の研究というのは一体どんな意味があるのかなどがわからなくて困った、やっとわかったときに「それなら最初から教えてくれ」と思った、という話をされていた。私も別の色々なテーマについて、同じ感覚をいだいたことがある。結果、本書は膨大な注とか史料引用とかいうものなしで、それらの意味を端的に説明している。手前味噌な言い方をすれば、私が歴教研で報告者に求めるものも、第一にはそういうレベルの「要するになんなのか」の説明である。
「それは自分で(史料を読む中から)見つけるべきだ。教え込むなどもってのほか」という反論を、人文系では伝統的にしてきた。研究者養成はそうかもしれない。だが、学部や修士課程も含めすべての授業をそうするのは完全に間違っている。研究者にならない多数派の学生を、「プロを目ざしたがなれなかったスポーツ選手」の状態で卒業させるのは、税金の使い方として正当化できない。たとえば東洋史の学生に「結局ものにならなかった漢文読解」の経験だけあたえ、日本史や東南アジア史やインド史やヨーロッパ史の知識は高校時代と同じままで社会に送り出すなど、本人にとっても社会にとってもよいことではないだろう。

そんなわけで、プロの研究者やその予備軍にとっても、実にいろいろな刺激をあたえてくれる快著である。
3月2日の第2回が楽しみだ。






関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。