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未来共生に向けた歴史

文科省の大型予算「リーディング大学院」で阪大が申請して採択された「未来共生イノベーター博士課程プログラム」(略称RESPECT.HPへのリンクは右)の立ち上げの公開セミナーが、万博公園のホテルで開かれた。複数の研究科の院生を集め、各自の専門と並行して他流試合や現場での修業をさせるプログラムで、今年度から7年間の計画である。
多文化共生、自然との共生などいろいろな「共生」を研究し、専門研究と社会や政策を結びつけられる人材の育成が目標で、私も担当者の一人になっている(例によって基礎的な素養としての世界史と歴史的な見方、それらのプレゼンとディスカッションなどの)。

偉いさんの記念講演、中心メンバーによる座談会などがおこなわれたが、元気な老人の熱弁、時間のコントロールができない先生の長広舌(他人の発言時間を奪うのが「共生」か、とツッコミたくなった)、うろ覚えの歴史の怪しい講釈などあって、なかなかに楽しめた。
プログラムが終わる2020年は大阪万博50周年で、そのときに「万博をなつかしむ」(引用者注--大阪はそればっかりや)のではなく、万博が掲げたが実現できなかった「人類の進歩と調和」の新しいモデルを提示するのだ、というしめくくりの発言もおもしろかった。

しかし放っておくと、こういう実践を重んじるプログラムは、申請の中心になった人間科学研究科、国際公共政策研究科、それに言語文化研究科(外国語学部)などの研究科ばかりが動いて、CSCDはともかく文学研究科の大勢は(毎度のパターンで)文句を言いながら授業は提供したが得るものはあまりなかった、という結果に終わりかねない。そうならないように、こういう場でふつうに活動できる歴史系の院生・若手を育てたい。

それにしても、現在の歴史教育(とりあえず高校の)は、今日の各話者が問題にしたようなテーマに取り組むための素養につながる内容になっているだろうか。たとえばさまざまな「弱者」「マイノリティ」を考える土台をつくる歴史の授業はおこなわれているだろうか。「考える」というのは、「強者/マジョリティの立場で一方的に見下す」ことではないのはもちろんだが、だからといって「単純に同情する(それは見下すのと一緒だ)」「一方的に弱者の立場に立つ(そんなことはできない)」ということでもない。
あるいは「相互理解」というのはどうすることだろうか。ほんとうに他者は理解できるのだろうか。ある程度以上はできないが、しかし「それぞれが勝手に行動すればよい/さもなければお互いに交渉しない」とはならないとしてら、われわれはなにを目ざすべきだろうか。

そういう難しさを考えさせる内容になっているだろうか。
「教え方」もだが、「中身」もきわめて心許ない。

もう一点、自治体の国際交流畑で働いてこられた方の、国際交流というのは「特殊な」しごとで「好きな人」がやるものだ、という扱いが根強いのを批判していた。そう、東南アジア研究も「特殊な」分野。「実証研究」でない世界史を語るのも「特殊な」しごと。パリーグファンは「特殊な」人種。何度も何度も書いたが、昔みたいに露骨な差別はないものの、われわれのしごとが世間で「普遍」と認められたわけでは決してない。

こういうところを変える力を、このプログラムは持てるだろうか。




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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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