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コンヴェンショナルな見方

今日は大雨。蒸し暑く、ハノイを思い出す。

2限は史学系2回生必修の「歴史研究の理論と方法」
要するに史学概論だが、教員免許を取りたい学生や歴史学の全体像を知りたい学生など、受講生の半分ぐらいは他の専修や学部の所属である。

日本史・東洋史・西洋史各1人の教員が共同で担当し、始めと終わりは3人とも出席するが途中は交替で1人ずつが担当する。福井憲彦「歴史学入門」(岩波書店)をテキストにして、毎回1章ずつ取り上げるが、単なる教科書の解説ではなく、その回の担当教員が自分の専門と関心にあわせてふくらませた講義をする。このやり方を始めて6年目になる(その前は私が阪大文学部に着任する前から、史学概論が消滅したままだった)。

今日は私の担当で第3章の環境の話。最初に文献史学と考古学やその他の学問の相互乗り入れ、つぎに牧畜・農耕の開始ははたして「進歩」だったか、食糧の生産量や土地生産性は確かに上昇したが労働量は急増するので、労働生産性は上がっておらず、むしろ焼き畑農耕-灌漑農耕と「発展」するほど下がったのではないのか、という話などの枕をふって、単純な進歩史観に支配されていた「経済史」「科学技術史」などの領域で、現在は問題の立て方や研究方法が根本的に組み替えられていること(だからこの教科書には「政治」や「文化」を冠した章はあっても「経済」とついた章がない)を話した。

ここまでは例年やっていたのだが、今年の私自身の「進歩」は気候変動について昨年後半から勉強した中身の一部を盛り込んだこと。西アジアにおける農耕の開始には、最終氷期末の温暖な気候で人口が増えた--ところが1万年前をはさむ「ヤンガードリアス期」にもう一度、猛烈に冷え込んだため狩猟採集では人口が維持できなくなり、天水農耕が始まる--その後の温暖化により農耕が定着したが今度は高温で旱魃がおこったため、天水農耕が維持できずに灌漑農耕を発明した、といった気候変動や人口との相互作用のもとで、「必然の進歩」というより「苦し紛れの策が当たり定着していった」過程として理解できる。

最後は駆け足になったが、中世温暖化と近世の寒冷化、気候変動を復元する理系・文系双方の方法などの話も手短かにした。コメントペーパーを見ると、環境史やそれを解明する文理融合的な方法に関心をもってくれた学生もそれなりにいたようだ。

毎回、「オレの授業は知識より考え方を聞け」と言っているが、今日の授業で教えて学生がけっこう反応していたのは、「コンヴェンショナルconventional」ということば。見方とか論理展開が古くて素人臭いことを言う。国家や王朝の盛衰を王様とか指導者の賢愚だけで説明する、近代以前に科学などありえないと決めつける、成功した者と失敗した者の差は100%と0%の差だと単純に思い込み50.01%と49.99%の差かもしれないとは夢にも思わない、などなど初歩の学生や歴史オタクだけでなく、マスコミなどにもこの種のコンヴェンショナルで非論理的な説明は満ちあふれている。東洋史というのも、西洋製の理論を嫌うあまりにコンベンショナルな見方に安住している研究者・学生のきわめて多い世界である。もう何十回も話したり書いてきたが、古代や中世にアジア(のなかの自分が研究している地域)がヨーロッパよりずっと進んでいたことを言えばヨーロッパ中心史観を批判したことになる、などというのもそうしたコンヴェンショナルナ考えのひとつである。西洋中心史観は資本主義と同様、そんなに甘いものではない。

数日前、思いつきで久しぶりに小麦粉を買ってしまった。ベトナム産のエビがまだ冷凍庫に残っているので、面倒だが夕食は、小麦粉を炒めるところから始めてカレーを作る。具はほかにタマネギ、オクラ、ピーマン、ナスとこれも残り物の鶏の挽肉。コンソメや醤油も加えたうま味と、煮え具合はなかなかうまくいったが、肝心のカレーパウダーが少なかったようで、辛味がイマイチ足りなかった。

写真はインド土産にもらったきり、しばらく戸棚の奥で眠っていた飲み物の素。saunfという単語が電子辞書にも大きい英和辞典にも載っておらず、なんだかわからずに困ったが、グーグルで検索したらちゃんと出てきた。aniseed/fennel seed、要するにウイキョウ(茴香)のことらしい。白っぽい小さな粒々(実)には砂糖がまぶしてあるようで、お湯を注ぐとかなり甘い液体になるが、ちょっとミントに似た清涼感がある。あとに残る実は茶色っぽい。香薬の専門家のUさんに袋を見せたら、少し考えて「あ、あれや」と正解を出した。さすが。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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