水の王、火の王

グエン朝の正史の列伝部分に当たる「大南列伝」(大南正編列伝初集)の外国伝に「水舎・火舎国伝」というのがある。日本のベトナム史学界でも坪井善明「ヴェトナム阮朝(1802-1945)の世界観」(『国家学界雑誌』96(9・10)初集、1983年)で有名になった存在である。実態はジャライ族の儀礼的な首長に水の王、火の王、風の王などと呼ばれる者があり(民族学・文化人類学の世界で有名)、それが広南阮氏時代からベトナム王朝と関係をもっていて、「ベトナム型華夷秩序」の構築に利用されたものらしい。

「風の王」については現在の存否が不明だが、水の王と火の王はジャライ省南部に最近まで現存したとされる。
「水の王」を訪ねて省の南端、チュープー県のイアファン社プレイタオ集落へ。
村の家はどこもコショウを植えている。
DSC_6592b.jpg  DSC_6593.jpg  DSC_6596.jpg  DSC_6599.jpg

水の王に仕える侍従長のような役らしいKpa Nangさん(小学校教員)の家を訪ねてインタビュー。
DSC_6600この家に入る。水の王に仕えるKpa Nangさんの家。  DSC_6605家のうしろ
先代の水の王がなにかのトラブルで廃位され、現在は空位とのこと。水の王が父、火の王の王を子供とする伝承を聞かせてくれたほか、以前にいろいろな学者が調査に来た際の儀礼の写真・ビデオなどを見せてくれた。

つぎに省東南部アユンパ(現在はフーティエン県フボン社)の火の王の村へ。ここは96年にも連れてこられた。
「副王」の娘婿という男性が出てくる。現在はここも王は空位らしい(政権の干渉もあるかもしれないが、もともと必要があると選出する形式だったか?)。
DSC_6624旧アユンパ県 DSC_6626.jpg
キリスト教徒のとそうでないのとが入り交じった墓地
DSC_6642.jpg
そのむこうに先代の火の王(96年に「火の王の剣の守り手」と称した男性と思われ、10年ぐらい前に亡くなったらしい)の墓がある。
DSC_6646向こうの木の下に火の王の墓
この木の根元に葬ったとか。
DSC_6649ここに葬ったらしい
北方に見える岩山。ここに火の王の権威を象徴する剣を隠してあるとのこと。
DSC_6650北方300mにある火の王の宝剣を隠した岩山

嶋尾さんと二人で大南列伝を読み直してみると、フーイエンから調べに来た阮朝の官吏は「水の王が山の東、火の王が山の西」という現在と正反対の位置関係を報告しているが、カンボジア側から入った官吏は正しい位置関係を記録している、水の王・火の王の様子や呪術的権威については両者とも詳しい報告を残している、「水舎・火舎の朝貢」はまず阮朝の使者がプレゼントを持って行き、その後に平地に「朝貢使節」が下りてくるなど、興味深い記載にあらためて気づかされた。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR