「日本人 この極端な人びと」

私が(たとえばベトナムの友人たちのために)日本人論の本を書くとしたら2冊書くだろう。歴史学入門が(中川敏氏の人類学入門にならって)「猫好きのための歴史学」「犬好きのための歴史学」の2冊書けそうだ、というのとは意味が違う。

もちろん私は、「国民国家批判の先例を受けた歴史学者」である。均質・一枚岩の「日本人」の「国民性」が超歴史的に存在したかのような日本人論はそもそも認められない。たとえば、「中世史の専門家」「関東人だが関西で暮らして、日々カルチャーショックを受けながら働いている」の二つの属性をもつ私は、網野善彦の「東日本と西日本は別の国、別の民族」という説に賛成である。

それらを前提として、あえて一般化をするなら、というのが以下の話である。

1冊目のタイトルは、「日本人 この極端な人びと」である。

この本で一番論じたいのは、「日本的なあいまいさ」は、個々の人や集団のあいまいさに由来するというより、むしろそれぞれの局所的な正当性を命がけで擁護しつづける極端な人や団体・業界(平たく言えば、視野が狭くて頭が固い人びと)の集合として生まれることが多い点である。「一生ひとつのことを貫くのが偉い」と徹底して教える従来の日本の教育法は、(緻密さ、勤勉さなどの美徳の裏面で)そういう人びとを大量生産してきた仕組みとしてとらえる。

たとえば、ベトナム人を含む外国人は、近代日本が近代化と伝統文化の維持を両立させてきた点をよく賞賛するが、それは小学校教育ですら西洋クラシック音楽や西洋美術を至上のものと教えるような極端な欧化・米化主義者と、「伝統的」なやり方を一切変えようとしない極端な「伝統芸能」の専門家たちの、拮抗の結果ではなかったか。

その地方にとって便益の絶対値はたしかに増大するが国家にとってはどう考えても費用対効果がマイナスであるようなダムや高速道路の建設を、絶対に譲らないお役人たちも、「極端な日本人」の好例である。民主党ごときでは、その改革はできそうもない。大学というのも同様に、こういう先生や講座が多いため動きがとれず、19世紀的な学問分野が再生産されつづける一方で、21世紀に必要な学問に人的・物的資源を振り向ける改革が不十分にしかできない、というケースがとても多い世界だ。

日本の律令制は、平安中期から大きく変形し、室町期には朝廷の実力もほとんど失われたにもかかわらず、形式的には幕末まで生き続ける。その理由についてはいろいろな説がある。私は基本的に「唯物論者」のつもりなのだが、この問題については、大局を見ずに律令制にこだわりつづける人びとを一掃できなかったことが案外大きいのではないかと、勝手に感じている。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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