世界史雑記帳(6) 宣明暦と韻鏡

「天地明察」で注目された江戸時代の貞享暦ができるまで、日本は唐代に輸入した宣明暦を使い続けていた。
その間に中国では何度も改暦をしているのだが、日本は暦も「万世一系」で変えられなかったのだろうか。

日本中世を単純に武士の時代と時代と考えたかつての見方は、朝廷や公家を「衰えゆく古代の遺制」と考えたが、平雅行先生は「中世一杯衰え続ける遺制なんてありえない。中世の朝廷や公家は「中世的」なもので古代のそれとは違う」と批判している。現在では院政と荘園制から中世(つまり中世を切り開いたのは朝廷や貴族である)と見なすのが常識である。

それはそれとして、宣明暦の件や、原発問題などに見られる現在の日本の「変えられない性質」を見ていると、中世の朝廷が「延々と衰え続けた」という解釈にも魅力を感じてしまう。

逆方向の珍事として、近刊の小川剛生「足利義満」(中公新書)で面白い例を紹介している、中国の「韻鏡」が南北朝時代に脚光を浴びた結果、漢字の「反切」(ある漢字の読みをよく知られた漢字2字で表す。1字目が頭子音を、2文字目が韻、つまり残りの母音+末子音+声調を表す)がにわかに注目され、人名や年号(どちらも漢字2文字)の案が反切として表す文字が悪い字だと別の名前に変えさせるようなヘンテコなことがびたび起こったそうだ。貞享暦の件が外国に対する無関心ないし意図的無視をあらわすとすれば、こちらは外国由来の事物に過剰反応してトンチンカンな大騒ぎをした例だろう。これも「規制緩和」だのなんだのと、現代日本でよく見られる。

どちらも、国際感覚という点では褒められない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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