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世界史雑記帳(5) 用語の表記法

何度も書いたり話してきた(しかしこのことを理解する必要がある関係者のうち、わかっている人は1%ぐらいか)問題だが、世界史の「用語」表記について、とても根本的なところでの誤解が教育現場に存在するように思われる。私の誤解だったらご指摘いただきたい。逆に正しければ、これを読まれた教員や教科書・参考書出版社の方は、同僚やお仲間に転送してほしい。

それは、(1)山川の詳説世界史と用語集の表記はすべての外国語について専門家のチェックを経た適切な表記をしているから、他の参考書や教材もそれに合わせればよい。(2)それと少しでも違った表記を覚えた生徒は受験で損をする、というものである。

(1)については2つの問題がある。第一にこれだけたくさんの言語について、いちいちチェックを受ける体制を作るのは、どの出版社であれ不可能だろう。また教科書検定も外国語の専門家がやるわけではないから、表記をチェックする機能はもたない。第二に、カタカナという不完全な文字で多様な外国語の発音をすべて適切に表記することはまず不可能である。また日本の国語教育では、カタカナと発音の関係についてきちんと教わらないから、教科書の執筆・チェックをする歴史の専門家たちは、「自分がしゃべれる/聞ける外国語の単語を適切なカタカナに転写するスキル」をもたない場合が多い。「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」ということである。専門書や学術論文でもこの点は(読点の打ち方や送り仮名とならんで)無神経なものが多い。はっきり言って、世界史教科書の現地読み主義は、砂上楼閣である。

以上の問題が重なり合っているため、教科書・用語集からは「ゴ・ディン・ディエム」「サレカット・イスラーム」のような間違った表記が跡を絶たない。それでも山川出版社はどんどん修正しているのだが(世界のどこでも通じない「ヴェトナム」という不適切表記もいち早く「ベトナム」に変えた)、現場の先生や他社の編集者には、新しい山川教科書を確かめずに、自分が習ったときの表記を使い続けている人が少なくない。
*イヤミだが、私の著作やネットに載せてある資料から、「ゴ・ディン・ディエム」「サレカット・イスラーム」のどこがいけないかの解説を検索するのは、そんなに難しくないはずである。下の「マレー連合州」も同じ。

(2)について、出題・採点をする研究者側では微妙な表記の違いが受験生の能力を測るために大事だとは考えない。一部の馬鹿な私大でそういう採点をするかもしれないが、出題の形式・分量から見て、「覚えている語句はすべて山川の表記通り」である受験生との間で、統計的に意味のある差が出るとは思われない。リード文や選択肢に「イスラム」と書いてあったらそれは「イスラーム」とは絶対に別のものだと考えるような生徒を意図的に育てているなら、語句記入式でなくマークシート式でも覚え方の違いが大きな成績の差につながるだろうが。

同様の誤解は、「訳語」についても存在する。「マレー連合州」という悪訳(+英領マレー全部を含んだという誤解)については何度も書いてきたが、他にも不適切な訳語はたくさんある。この場合、入試の採点側が原語の知識を持たないと、カタカナの微妙な差異の場合と違って、より正しい訳語を書いた答案をペケにする危険が大きいので、学会などによる標準化とその啓蒙活動が必要であろう。

その他、表記をめぐって受験生にいらぬ混乱や苦痛を強いている事柄は少なくない。シュリーヴィジャヤの漢字表記(義浄や唐王朝はいろいろな表記を残している)を書かせるような出題をしてはいけない、という話を繰り返し話してきたように、漢字の語句についても誤解がよくある。別種の問題で最近傑作だと思ったのは、第一次大戦後の「未回収のイタリア」という語句に「イタリア・イレデンテとも言う」と注記した参考書があった。この「とも言う」は、事項そのものに二通りの言い方があるという意味ではなく、「日本の受験業界に二通りの言い方がある」ことを示す。注の書き方として「原語はイタリア・イレデンテ」という書き方をしなかったのは、「大事なのは現地でなんと呼ぶかではなく日本の受験界の呼び方だ」という思想を示しているのだ。

鳥山孟郎先生によれば、世界史というのは世界とのつきあい方を教える科目である。ここで批判したような考え方は、公然とそれに敵対していないだろうか。諸外国における外国史教育がそれよりましかどうかは別として、日本の歴史教育に関わる人が「そんな問題、考えたこともない」では、苦しめられている受験生がかわいそうだ。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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