琉球大と「ミシガン・ミッション」

毎日新聞の29日朝刊「発言」欄の、小川忠氏の寄稿である。
米軍は沖縄軍政下での知識人対策として1950年に琉球大学を設立し、ミシガン州立大に委託して1968年まで顧問団を送り込んでいた。ミシガン州立大に残っていた陸軍省や軍政府向け報告書などの資料を琉球大の山里勝己教授らが発掘して持ち帰り、沖縄県公文書館が公開を進めているのだそうだ。

山里教授や小川氏の研究によると、米軍の琉球大創設の狙いは東西冷戦下で米国的価値を普及し親米感情を醸成することや、軍政を補助する行政官や技術者・教育者を育成することだけでなく、沖縄統治を永続させるために日本と異なる「琉球」文化の独自性を強調し、伝統文化・芸能を奨励して「沖縄は日本ではない」という意識を沖縄に醸成することも狙っていたそうだ。

ところが沖縄の知識人・青年は米軍の圧力に面従腹背や抵抗をしただけではなかった。「琉球」の文化的独自性を奨励した米軍の政策は、意図せざる結果として、戦前日本の「同化政策」が生んだ本土への劣等感を払拭させ、自らの「誇り」を侵す者への抵抗力を身につけさせた。日米両政府が思いもよらぬ最近の独立論には、皮肉にも米国の沖縄占領政策が色濃く投影している可能性がある、というのが小川氏の見方だ。

この見方は、現代史だけの問題ではない。米軍が奨励した沖縄独自の伝統文化は、近世の薩摩藩支配下で、「植民地支配」(江戸期日本国家の「日本型華夷秩序」が、「異国」「異文化」である琉球の存在を要求したことも含めて)のベクトルと、琉球社会の主体性を守ろうとするベクトルの交錯のなかから生まれた。第二次大戦後の米軍政がそれを再構築した。沖縄を日本の一部だと考えるなら、われわれヤマトンテューは、こうした歴史にどう向き合いなにを学ぶかが問われるだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
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