「愛国心」と「ナショナリズム」の区別

「歴史評論」11月号が「緊急小特集 現代日本の「ポピュリズム」を問う」を掲載している。
本体はまだ読んでいないのだが、住友陽文「皇国日本のデモクラシー--個人創造の思想史」という本に対する小路田泰直氏の書評が面白い。

見返りを求めずに国家に献身する「愛国心」(近代国家はそれを受け入れる市民=篤志家一人一人の総和によって成り立つものと観念される)と、対価ないし利益を求める「ナショナリズム」(一人一人ではない集合としての国民=大衆が形成する)をあえて区別しているのだそうだ。前者が代議制と「輿論」に立脚するのに対し、日本国家も民本主義もこれを育てようとしたが後者の「世論」の成長の前に不成功におわった、後者が社会それ自体の意志、民族それ自体の意志という方向に進み、戦前の代議制的立憲民主政治は否定された。戦後体制も実は、こうした国民観が下敷きになっているのだという。

「公衆」と「大衆」の違い、「輿論」と「世論」の違いなどは古くからある議論だが、現在のポピュリズムを「民衆は騙されている」とだけ考えるのでは何も解決しない。戦前日本の暴走や現在のポピュリズムを「権力者の思い通りになっている」とだけ理解するのも、全然科学的でない。民衆はそんなに愚かではないし、権力はそんなに万能ではない。この著者の説の当否は別として、こうした「大衆民主主義」の危険性に議論が向かうのも当然のことなのだ。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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