国有化をめぐる中日間のズレ

中国は尖閣列島の「国有化」の意味を誤解しているのだという記事が新聞に出ている。
国有化したからには軍の配置でもなんでも好き放題できるというのが誤解の第一。
ついでに東京都のやることを政府が止められないという理屈がまったく理解できないので、石原と野田が組んだ陰謀だという話になるのだそうだ。

こういう点で中国が「わかってない」のはその通りだろうが、中国人は普通そういう考え方をするものだということを、日本側はどこまでわかっていたろうか。

これは単に中国が「遅れている」とか「共産主義だから」という問題ではない。政府は理論上なんでもできる。地方は制度上の自治権をもたない。善悪は別として中国の人々は2000年間こういう仕組みでやってきたのだから、これと違う仕組みを理解しろというのは、中国人に中国人でなくなれというようなものかもしれないのだ。少なくともそれは、ある世代までの日本人に「天皇制のない日本を考えろ」と要求するのと同じ程度には難しいことなのだ。

ではそういう中国的な仕組みは、ただひたすら「自由や人権を抑圧するケシカラン体制」か。
中国の書店で日本の書籍を売るなと命じても、売り続ける書店がいくらでもあると聞く。
日本でなにかの拍子に中国書籍の輸入禁止とかを決めて裁判所でもそれが認められたら、その決定は国中で貫徹されるだろう(やっていいことといけないことがわからなくなっている現在の日本の政治状況では、そのぐらいのことをやりかねない政治家がゴロゴロいる)。
つまり「制度としての自由」はなくても「実態としての自由」は中国のほうがある場合があるのだ。
政府の命令や決定自体を否定すると、たしかにひどい弾圧を受ける。ただし法や支配の網は日本よりはるかに粗いから、「網の目をくぐりぬける」ことはできる。
建前と体面が守られていれば、現場での実態については日本よりよほど融通がきく。その意味で中国政府はちっとも強い政府ではない。昔から言われていることであり、第二次大戦後の学界では1980年代に「専制国家論」とて再定式化された理解である。
王朝名を暗記させなくても、歴史教育でこれを教えることはできると思うのだが。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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