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「学術の動向」9月号

日本学術会議は「学者の国会」と言われるが、なにをしているところか、自分が歴史教育問題で関わりをもつまで、イマイチよくわからなかった。
戦後改革の出発点では大きな役割を期待されていたが、その後の政府の保守化の中で、役割が骨抜きにされたというような話も、学生時代の社会科教育法の授業で聞いた覚えがある。

その学術会議が出している雑誌が「学術の動向」である。タイトルがいかにもぱっとしないが、毎月テーマを決めて記事を載せており、けっこう参考になる(当たり前だが、昨年来、災害や原発関連の特集が多い)。昨年10月号には「これからの大学学部の歴史教育」という特集も載った(このブログを見ている大学教員にはぜひ読んでほしい)。



今月号は特集1が若手研究者、特集2が「科学技術でわかること、わからないこと」というサイエンス・カフェ関連のシンポジウム。後者に日本史の木村茂光さんが参加し、万事に唯一絶対の正解を求める思考法と多様性への恐怖感(それらが教育の場でつくり出されていること)の問題、そうなった歴史的理由としての明治以後の教育とそれ以前の「家の学問」などについて発言している。後者は新しい指摘ではなく(戦後日本の自己反省の中で、「家元制」の欠点などがずいぶん議論された)、それらの東アジア的背景などへの言及があればもっとよかったのだが、こういう議論の場に歴史的視点が必要であることを、ある程度示せたのではないかと思われる。

※武士も職人も学者もすべて「家」で世襲する点は、中世以降の日本のものすごい独自性だが、自分たちの熟議(社会契約)によって見つけ出すのではない「唯一絶対の正解」が自分たちの社会の「外」ないし「上」にあり、その習得の優劣を競う競争にみんなが夢中になるという構造は、昨日も書いたように、東アジア共通のものだろう。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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