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東アジア型タテ社会

今日は9・18。
毎日新聞朝刊のコラム「余録」が、中国の反日運動などにふれて、ヨコにつながるヨーロッパに対して東アジアが伝統的にタテ社会であることを取り上げている。

外部への帝国主義だけでなく内部ですら人種主義を生んだヨーロッパが本当にヨコ社会かどうかはさておき、東アジアに強固なタテ社会の伝統があることはまちがいない。中華帝国が生み出した科挙と「華夷意識」に共通するのは、教養・学力や文明度、近代化の度合いなど1本の普遍的な物差しで、すべての人間や民族・国家にランキングをつけられるという発想だろう。非中華的要素をいろいろもつ周辺国家(もちろん日本も)でも、状況次第で、単一の物差しにより純粋な形で支配されることになる。近代西欧が(自分たちがもつ、永井豪や武論尊の暴力漫画ばりの獣性との格闘のすえに)生み出した、ヨコの平等なつながりという理念は、きわけて受け入れにくい。

問題なのは、上のコラムがそういう東アジアの特徴にはじめて気づいたかのような書き方をしていること。
善悪はともかくとして、こんな話は常識になるような、歴史や文化の教育がされなければならない。

そこで問題になるのが(毎度の繰り返しで気が引けるが)、アジアを見ずに欧米(それもきわめて理念化された、もしくは都合のいいところだけ取り出した欧米)とだけ比較して日本の特徴(長所・欠点)を論じる日本人論や日本文化論のパターンと、それを野放しにしている東洋学者の無力・怠慢だ。

有名な「タテ社会の人間関係」が欧米に紹介されたとき、「こんなの韓国も同じだ」といった声が英語で出されたが、日本からとくに反論が出なかったので、日本文化論としての「タテ社会の人間関係」は評価されずに終わってしまった、という話を読んだことがある。そこで日本の学界や知識人が本格的な検討をしていたら--中国や朝鮮半島・ベトナムの専門家もそこに加わっていたら--、今さら上のようなコラムは出なかったろうし、東アジアの諸国の相互理解そのものがもっと進展していただろう。

蛇足だが、私は日本社会が中国や韓国と同じだといいたいのではない。「日本型タテ社会」は、「中国型」「朝鮮型」「ベトナム型」と違うだろう。また、「日本」「中国」など国単位で特徴を抽出すること自体が問題を含むのも当たり前だ。
にも関わらずこういう話を持ち出すのは、東アジアの共通項とそれに対する反発、共通項と反発の両方が生み出す相互の差異と反発といったことがらが、各国の歴史と社会をいかに強く規定しているかの認識(素朴中華主義も素朴ナショナリズムもこえた、新しいレベルでの認識)が、たぶん日本だけでなく域内のどの国でも、全然足りないからである。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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